ライン


不運な仔、でも元気!(サモエド)

 最初のご主人の事、僕はあまり良く覚えては居ない。

 ママの元を生後五十日で離された後、僕が貰われていった家は赤い屋根が綺麗な大きなお屋敷だった。ご主人様は二人居て、僕を日々厳しく育ててくれた。

「全然言うことを聞かないのよ!今日もオシッコを二回もオモラシしたし!」
「仕方ないだろう。まだ小さい犬なんだから、ゆっくりやるさ」

 特によく怒られたのはオシッコを間違えてしてしまった時だ。僕は男の子であるからマーキングの為にひょいひょい家の中にオシッコをするのがご主人様はどうも気に入らなかったらしい。「一杯シルシつけたいのにな……」でも僕はその思いを必死に押さえる様努力をした。

「飼いきれないわ!もうこんな仔は要らない!」
「なら早いほうが良い。まだ今なら間に合うから」

 一体何が間に合うのだろう。そんな会話が飛び交った翌日。僕は車に乗せられて知らない建物へと連れて行かれた。車に乗ると暴れるワンコが多い中、僕はご主人様の躾のお陰か騒ぐような事はしない。助手席に大人しく座って窓の外を眺めて居ることが出来る。リードを付けられて建物の中へ連れて行かれる。中には沢山の小さなワンコ達が溢れていた。

「生後四ヶ月になってしまったのですが、この月齢迄であれば、まだ子犬として引き取って頂けるという話を聞いたのですが」
「四ヶ月ですか。ギリギリと言った所ですね。まあ血統の良い犬だから良いでしょう。これ、サモエドですよね」

 サモエド、北方犬種の中では一番体の小さい犬種である。シベリアの「サモエド族」に飼われていた事から名前は由来する。アラスカンマラミュートやシベリアンハスキー等の原種と言われる種類である。太古においては橇犬として活躍していた時期もあるが、現代においてはショー用に体はシェイプされ、力仕事には向いていない愛玩犬となっている種類である。性格は至って温厚で、どんな人間にでも良く懐く。毛色は白で統一されており、「白いテディベア」と呼ばれる程毛並みは柔らかく美しい。性格は主人に忠実であり、番犬には向かない犬種であると言われている。

「そうです。飼ってみたのですがどうしても飼いきれなくて……子犬としてであれば新しい飼い主も見つけやすいでしょう。是非この仔を宜しくお願い致します」

 ご主人様はそう言って僕を置いてその建物からそそくさと出て行ってしまった。僕は後を追いかけようと思ったが、リードを付けられていた為、ある一定距離行った所で首輪に引っかかり動けなくなってしまった。リードで引きずられ、他のワンコと同じく黒い檻の中に入れられる。何が起こったのだろう。僕には全く分からなかった。

「ぼく、どうなるのかな」

 僕が連れて行かれた所は”保健所”と呼ばれる所であった。結局の所、僕は一番最初のご主人様に捨てられたのである。でもこれは他の道ばたに捨てられるよりは何倍も良かったのかもしれない。とりあえず温かい寝床は貰えたし、定期的に散歩にも連れていって貰えたからである。
 保健所にワンコが連れ込まれた場合、大きく分けると二つのパターンがある。一つは成犬の場合。迷子や捨てられた事が原因であるのだろうが、これは連れてこられた後一週間で廃棄処分。つまり殺されてしまう。僕が住んでいる建物の隣に成犬のワンコ達が住む建物があったのだが、午後のある一定の時間になると寂しそうな声を立てるワンコの声が多数聞こえた。その度に僕は怖くなって耳を塞いでしまったのだが、その声が止む日はなかった。

 もう一つのパターンは僕のように子犬の場合である。子犬である場合はワンコについて正式な講習を受けた新しいご主人様を紹介をして貰うことが出来るのである。片方が死に向かう対して、僕は運良く生に向かうレールに乗ることが出来た。しかし、僕が乗ったレールは決して良いことばかりでは無かった。

「さ、今日は手術だからね。痛くないよー」

 見慣れない白衣を着たお姉さんが僕を迎えに来た。僕のように不幸な子犬を増やさない為、保健所から貰われる子犬たちは例外なく断種手術が行われる。つまり去勢である。

「あ、やめて!」
 
 痛くは無かった。痛かったのは最初に打った麻酔の注射だけである。これで、僕の生は僕の代で終わる事となってしまった。涙は出なかったけれど、僕の犬生が早々甘い物では無いことが改めて思い知らされた様な気がした。
 子犬選びの日が来た。まず記念撮影をされ、柵の中に入れられる。僕以外にも十匹以上のワンコが柵の中に入れられている。僕らを見にご主人様候補の人間達が入ってきた。数は僕ら子犬の数よりも多い。どうやら抽選で当たらないと人は僕らのご主人様にはなれない様なのである。

 値定めするように何人もの人間が僕を眺める。ちょっと怖くは成ったが僕はもうオシッコを漏らさずに大人しくして、ニッコリ笑っている事が出来た。今日僕の新しいご主人様は見つかるのだろうか?

「じゃ、抽選を始めます。抽選で順位を引いて頂きまして、順位の数字の小さい人から犬を選んで頂きます。はずれた方は又の機会にご来場下さい」

 抽選が始まった。一番目に当たった人は僕を選ばなかったようだ。純血種のポインターの子犬を選んだ。やっぱり純血種の犬は人気がある。二番目に当たった人は……僕の前に真っ直ぐと立ち、僕を指さした。

「この子がいいわ」

 僕を優しく抱き上げてくれる。お菓子の甘い匂いと共に小型犬の臭いがした。

「じゃ、こちらで講習の後手続きとなります」
「お願いします」

 僕は下に降ろされ、番号札を付けられた。僕を選んでくれたご主人様はこれから最後の講習を受け、僕の去勢費用を支払う事と成る。保健所で犬を貰うといっても決して全部タダでは無いのだ。三十分後、僕は段ボールに入れられ、白い車の助手席に座った。これから何が始まるんだろう。ただ、出来るだけ良い子で居ようと思った。もう二度とご主人様に嫌われない為にも、捨てられない為にも。

 しかし僕はその後もついては居なかった。
 
(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)

「犬が飼いたいー犬が飼いたいー」

 ストレスが溜まってきた。こんな時は大声で叫ぶに限る。主婦歴三年の亜美は年に数回、このような発作に襲われる。この発作を難しく言うのであればホームシックと言うのであろうが、分かりやすく、言うと”わんわん欲しい病”であると言える。
 何故これ程までに発作が強くなって閉まったのか、と言うと、幼稚園から帰って来る娘を待つついでに、ついフラフラと家の廻りを歩き回る。すると、見慣れた近所の玄関にこんな紙が貼られていたからである。

 子犬生まれました。欲しい方に差し上げます!

 旦那と娘がアトピーであるのにも関わらず、亜美はずうずうしくも、その家のピンポンを押してしまった。中に入り込み子犬を見せて貰う。やっぱり子犬は可愛い。五匹の内、まだ三匹の行く末が決まっていないのだという

「笹川さん。一軒家ですし、飼いますか……」
「飼いたいのは山々なのですが……やっぱり家族の同意を得ないと……」

 結局見るだけで退散。口で偉そうに言っても根性無しである。亜美は一年半前、一軒家を購入して直ぐに、実家から愛犬”アラスカンマラミュート”を亡くしてしてから、どうしても”犬を飼う”という最後の決断を下す事が出来ず、好きなのにも関わらず、犬から離れた生活を続けていたのだった。

 亜美は一人で想像を続ける。近所の犬が一匹でも売れ残ったら、もしかしたら”仕方なく”家に来ることがあるかもしれない。今また、愛犬の遺影をついつい眺めながら、諦めきれず亜美はこう呟くのだった。

「アトピーが直るまで我慢しよう。直ったら、絶対に飼おう」

 しかし娘が欲しいのは犬ではなく猫であるそうだ。生まれながらの裏切り者である。明日も近所の子犬を見に行こう!そんな事を考えながら亜美は今日も又病気の発作を必死で抑えていた。旦那が家に戻ってきて、突然犬の鳴き声が聞こえたとしたらやっぱり怒るのだろうか。そんな事を考えていると、幼稚園バスはあっという間に亜美の家の前へと滑り込んで来た。

「ただいま帰ってきましたー」
 
 こんな娘を待っている短い時間でも、犬が居たらどんなに楽しいだろう。

(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)

「保健所で犬が当たったのよ!それがいい犬なの!」

 亜美の実家から電話がかかってきた。田舎でノンビリ多数の犬に囲まれて暮らす亜美の母は本当に趣味の塊である。

「番犬のやまちゃんが亡くなったから、大型犬のグレート・ピレニーズを買いに行くという話は聞いたけど、その辺はどうなってるの?」
「それはね、買いに行くには行ったのだけれど、ブリーダーに断られちゃったのよ。お父さんもう五十八歳でしょ。その年齢ではもう大型犬を飼うのは不可能ですよ。と言われてしまって、でも番犬は必要だし。それで雑種でいい犬が居ないかなと保健所に行ったら、いい犬がいてビックリ!サモエドの純血よ!」
「何でそんな犬が保健所に居るの?」
「どうも前の飼い主が飼いきれなかったみたいなのね。別に珍しい事では無いみたい。他にも純血の犬は何匹か居たわよ」
「そっか。でもうちはアトピーの娘が居るからどうかな、とは思うんだけど」
「それがね、ビックリするぐらい静かな犬なの。大人しいし、一度見てみてもし亜美が気に入ったなら、あげてもいいわよ」
「本当に?え、いいの?」
「なかなかこんなに大人しい犬は居ないわよ。だから名前もシズカちゃんにしたの。キムタクの奥さんと同じ名前。いいでしょ。
 小さい子供の情操教育にもやっぱり犬はいいと思うの。是非見に来なさい」

 強調して言われる迄も無く、この電話の後、亜美は慌てて実家へと車を走らせた。亜美の実家は異常なほど広い。玄関への通り道にその新しいサモエドの犬シズカは居た。目が合った瞬間、どうするのだろうと思ったのだがその犬はぱたぱたと尻尾を静かに振り、騒ぐ事も無く首を斜めにして大人しく微笑んでいた。

「キミかい噂の新入りは。始めまして」

 亜美は始めての犬には飼い主が居る時で無いと触らないようにしていた。小さい頃知らない犬の前に転がったボールを拾おうとして噛まれた経験があるからである。この噛み傷は二十年以上経過したのにも関わらず、亜美の右足に醜く残っている。亜美を噛んだ犬は即日保健所に連れて行かれ、殺されてしまった。”人を噛んだ犬は又噛むから”というのがその理由である。あの時ボールを取りに行かなければ、あの犬は死ぬことは無かったであろうに。何度も後悔した後、亜美は知らない犬には極力近づかないようにしていた。

「後で遊びましょ。まず伊勢原のお母さんにご挨拶してから」

 触りたい気持を抑えながら、家の中へ入り母親に挨拶をする。亜美の母親であるのだから、娘にとっては”おばあちゃん”に該当するのだが、そう呼ぶことは許されては居ない。どうも年を取った様な気がするので”おばあちゃん”と呼ばれるのはイヤらしいのである。

「亜美いらっしゃい。シズカにもう会ったの」
「会ったけど、まず挨拶をと思って。一緒に出てくれる」
「シズカは触って大丈夫だよ。絶対に噛まないから」
「一応最初だけ。お願い」

 一緒に庭へと戻り、シズカの元に駆け寄る。さすがにご主人様が近寄ると別格で嬉しいらしい。シズカは上下にジャンプして待ちかまえている。玄関の扉が閉じているのを確認してシズカを庭に離す。身長七十センチ、体重は十キロ行かない程度であろうか。ポメラニアンの三倍程の体格はかなりしっかりしているようにも見受けられるが、やはり生後四ヶ月、骨格はふにゃふにゃである。シズカは全力で走り回っているつもりらしいのだが、どうも足下がフラフラで歩き方がおぼついていない。初心者が回したコマのようである。

「見た目は赤ちゃんに見えないけど、これはまだ赤ちゃんの走り方だねえ」
「まだ四ヶ月だから。ほら、シズカおいで!」

 人の言葉は良く分かるらしい。慌てて母親の元に駆け戻って来る。色は白く目は澄んだ黒である。耳はやさしく垂れて、抱いた感じの毛皮の肌触りも悪くは無い。サモエドの耳は立っているのが普通だが、ショードッグでは無いのだから、特に問題は無いだろう。プライドも無く転がるのではなく、やさしく身を寄らせて甘える仕草も個性があって非常に可愛い。これは!

「本当にくれるの。本当に???」
「勿論構わないけど、お母さんシズカは気に入っているのよね。全然無理にでは無いのよ。でもこれだけ大人しい犬ってのも珍しいから、小さな子供の居る家にどうかな、と思って」
「貰えるなら今日にでも連れて帰るけど、本当にいいの?」
「構わないわよ」

 亜美の実家にはシズカの他小型犬二匹、中型犬一匹が生息していた。他の犬も欲しければあげると言われたが、三歳半の娘がそれを納得しなかった。亜美以上に啓子はシズカを気に入っていた。本人的には優しく、現実的には乱暴にシズカを抱き上げても暴れるような事はしない。理不尽な娘の指示に従い、お座りをしたり、伏せをしたりとしている。動作、集中力共に決して悪くは無い。

「これはイタダキでしょ」

 その日、亜美の家には家族が一人増えたのだが、亜美の旦那はそれを知る由も無い。帰ってきたら玄関に白い物体が居る。とりあえず何度もジロジロと観察した後、亜美を読んだ。

「これは一体何だ?」
「何だって。サモエドの犬よ。名前はシズカちゃん。今日は小屋が無いから玄関で頑張って貰ってる」
「犬飼って良いって俺言ったっけ、アトピーの子供が居るし、俺も喘息だから駄目だって言わなかったっけ」
「一週間だけよ。試しに借りただけ」

 嘘である。

 旦那は納得はしないものの、とりあえずスーツを脱ぎに家の中に入っていった。旦那自身結婚前まではシェルティを家の中で飼っていたのだから、犬を嫌いな筈は無い。シズカは飛びつく事も無く玄関で座って亜美の手に甘えている。飼い主に甘えるというとお腹を出してプライド無く転がる犬が多い中、シズカはそう簡単にお腹は見せない。緊張しているからかもしれないが、雄犬をあまり飼ったことが無い亜美としてはナニが見えないだけ非常にありがたい事であった。

「さっさと返せよ。どうせお前の実家から借りたんだろ」
「分かってる。大丈夫」
「俺が犬を追い出すことは無いなんて思うなよ。その気になれば保健所に連れていく事くらい簡単なんだからな」

 亜美はちょと恐怖を感じた。
 一応承認されたのが分かったのか、シズカはぱたぱたと尻尾を振りご機嫌である。旦那もスラックスを脱ぎネクタイを外しながらシズカの元へとやって来た。口で悪口を言っていても目は優しい。娘がアトピーで無く、旦那自身が喘息で無ければ一番に犬を飼いたい人間なのである。

「どうせ俺が面倒を見ることになるんだから。分かったな」
「分かったわよ」

 こうしてシズカとの生活が始まった。玄関に住んでいてもシズカはオモラシをする事は絶対に無かった。夜中中オシッコを我慢してずっと待っているのである。こんな状態では早く起きない訳にはいかない。亜美は今まで起きていた時よりも1時間早く起き、シズカの散歩に出かけるようになった。

「家の中に犬が居ると、自然に健康的になるのよね」

 ぐうたらママが改善され、旦那はちょっと良い事あったかなといった顔をしている。散歩から帰ってきた後は毛が飛び散らないように全身をブラッシングする。これだけで毛の飛び散り方が大分違ってくるのである。

「でも昼間はお外に居なさいね」

 大人しく言うことを聞く。本当に大人しい犬である。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。約束をした1週間がやって来た。さて、旦那は何と言うんだろう。土曜日の午前中、この後何を言われるだろうかと亜美がドキドキしていた時事件が起こった。リビングのソファに座っていた旦那が急に苦しみ始めたのである。

「う、う、うー」

 気管が閉まってしまっている。喘息独特の呼吸音「ひゅーひゅー」と言う音が部屋に響き渡る。これは早く気管支拡張剤を吸引しないと救急車を呼ぶことになってしまう。

「薬……最近使っていなかったから……どこに行った……」

 水色の緊急用の拡張剤を一気に吸飲する。この薬は効果がすぐ現れるのだが、心臓に負担がかかってしまう為多用する事は出来ない。呼吸が落ち着いてきた。昨日調子に乗ってリビングでシズカちゃんと遊んだのが原因であったのかもしれない。

「大丈夫。発作治まった?」
「あ、大丈夫だ。ちょっと暫く大人しくしていてくれ。あと飲み物持ってきてくれるか」
「分かった」

 喘息の発作は突然起こる。犬の毛がアレルゲンである事は耳には聞いていたが、これ程すぐに喘息の発作が起こるようになるとは思わなかったー

「ごめん。大丈夫」
「謝る事は無いさ。が、ちょっとは俺の気持ちも分かってくれたか」
「多少は」
「俺は犬が好きだ。お前と同じくらい。だがもう少し待ってくれないか。俺も喘息の治療を頑張るから。成人の喘息は治りにくいらしいが、これからは面倒くさがらずに続けるからさ。もうちょっとだけ待っていてくれ。
 大丈夫だよ。お前の実家の庭は広いし犬を飼うのは慣れている。大切にしてくれるさ。俺達の病気が治ったらいつでも迎えに行かれるからさ」

 最新の喘息治療においては、朝晩と定期的に副腎皮質ホルモンを吸飲し、”喘息の発作が起こらない状態”を続け、治療する方法が一番良いと言われている。通常医院においては二週間単位でしか薬を貰えない為、この治療を続ける場合は二週間に一度は必ず病院に行かなくてはならない。という手間が発生する。喘息の発作という物は起こらなければ痛常人と変わらない訳だから、こうした”目に見えない苦労”を続けるのは特に社会人にとっては難しい行為である。安易に吸飲すればすぐ直る薬に頼ってしまいがちだが、そうした場合心臓及び内臓に負担がかかり、一時的に快復するだけで、決して全治に至る事は無い。

「本当に?」
「病気さえ治れば何匹だって飼っていいぞ。だからもう少しだけ待ってくれ」
「俺だって早く飼いたいさ。お前の気持ちは分かる。俺だって努力するようにするさ。ごめん。もう少し我慢してくれ」

 亜美の目からは涙が流れていた。もはやシズカをこの家に置いてはおけない。それは明白な事実であった。最後に家族三人で散歩をし、亜美の実家の広い庭へとシズカを帰した。久々に犬の居る一週間。それは亜美の中に潜んだ”犬が欲しい”というストレスを解消させ、犬を飼うという目標に向かって、家族の気持ちを一つにするのには十分な時間であったようである。

(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)

 亜美はその日の内に実家へとシズカを戻した。
 小屋は元の場所に置かれており、移動はされていない。母は笑って亜美とシズカを迎えてくれた。

「ま、こうなるとは思っていたけれど、たったそれだけで発作が起きるのはやっぱり問題だと思うわよ」
「さすがに目の前で発作を見てしまうと、それ以上置いておきたいと言えなくて、今回はとりあえず諦めるわ」

 元居た家に戻り、薄情にも大喜びで庭中を駆け回るシズカ。やはり空気の汚い都会で育つよりも元気でのびのびと田舎で育つ方が幸せであるのかもしれない。

「情が移る前に発作が起きて良かったと思わなくちゃ。犬が原因で離婚になったらそれこそシズカが可哀想じゃない」
「分かってる。ごめんなさい」

(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)(◎o◎)

 結局今、僕は二番目のご主人様の元で生活している。

 三番目のご主人様はマメに僕の所にやって来ては散歩に連れていってくれる。まだ僕と一緒に生活する事を諦めてはいないらしい。僕は、と言えば今僕は結構幸せな方だと思うし、考えてみれば今までの僕の犬生だってそう悪いもんでは無い。最初のご主人様が早めに僕を手放してくれたからこそ、二番目のご主人様と出会うことが出来たし、三番目のご主人様が早めに僕を戻してくれたから、二番目のご主人様との関係もギグシャクしないで済んだ。人間の友達が増えるのは、僕の犬生の中で、非常に良いことであると思う。
 結局僕は二番目のご主人様の元で大切にされているし、田舎である分自由だって一杯ある。そして今が幸せだと思えるのはやっぱり苦労をしたからだと思う。そう思えば小さい頃に苦労をして、後でノンビリしている生活を送るという事は決して悪い事では無いと思うのだ。

「シズカ遊びに来たよ!散歩に行こう!」

 三番目のご主人様だ。
 運がちょっと悪かっただけ、僕は今日も元気です。


ライン