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Ladies Tourist in Chiba !

1.海ほたる

「じゃ行ってきます!!」

 不安そうな娘の視線を容赦無く振り切って、私はは友達と元気に車へと乗り込んだ。最初にご紹介しておくと、一緒に出かける友達のあだ名は”社長”と言う。何故社長なのかと言うと、大学時代に遅刻ばかりで講義に出る時間がいつも社長出勤であったからである。

 本日も六時待ち合わせの約束が到着したのは三時間遅刻して九:00。私はも慣れているので怒る節もなく”いつものこと”と平然としていた。出会ってからはや7年。すっかり遅刻をすることを計算に入れて行動することが当たり前になってきてしまってい
が。返って遅刻をしないで来られると、計算がずれてしまう。

「計算通り! 計算通り!」

 当然彼女も悪びれる様子は無い。本日の足は平成三年物のインテグラである。エンジンはハイオク仕様のVTEC。当然マニュアルだ。箱根に住んでいるからと言って女だてら気軽に乗るような車では無い。更に車のあちらこちらには歴戦の勇者である事を物語る激しい傷跡が残っている。本人が一人、車で神奈川県から北海道、京都へと遠征しているものだから、傷などはあって当たり前、特に直そうとは思わないそうである。

「じゃ。出発するから、シートベルト締めて!」

 出産から一年以上、いやいや出産前、妊娠中もも旅行へは行っていないから旅行は本当に久しぶり、おそらくは二年ぶり位になるのだろうか。私は平常の雑事をすっかり忘れ、すっかり結婚前の遊び人の顔へ戻っていました。

「草川(旧姓)とりあえず保土ヶ谷バイパスからアクアラインに向かうから、五百円用意しておいて!」
「分かった」

 車内のミュージックも大きな音でがんがんにかけまくる。土曜日なのにも関わらず道はさほど混んではいなかった。見事なコーナーワークであっと言う間にバイパスを抜け、今回の旅の目的の一つである”海ほたる”のある東京湾アクアラインへと入る。東京湾アクアラインは東京から海ほたるへ向かう間の道筋は海底を潜っている為か、とても静かだ。いや静かなのは海底を潜っているだけでは無いのかもしれない。通る車が異常に少ないからであるようだ。

「これじゃ確実に赤字路線だろうね」

 何分走ったのか、全く分からないうちに海の孤島、”海ほたる”へ到着。思ったより駐車場は混んでいた。上りと下りとでは駐車場が違うのだそうだが、おもむろに千葉県の地図を持って上陸する。エスカレーターを使って四階に上がると、そこは蟻の巣の如く、人がわしゃわしゃと群れ歩いていた。それぞれの人の胸を良く見ると、バスツアーと思われる会社の名前付きのバッチを付け、十人以下位単位で移動をしているのが分かる。ふと「長時間駐車をしないで下さい」という看板が見られたが、ここで遊ばないでアクアラインに乗る必要があるのだろうか。おそらくツアーの人間はここがメインで来ているのだろうし・・・。インフォメーションに寄り、千葉の情報を集める。するとあちこちのテーマパークの割引券を配布しているではないか。数が余りにも多いので、とりあえず全部貰う。自分たちが行くところに割引が利くかどうか、後で調べれば良いのだから。

 同じ階にある土産店は渋谷の109を思わせるがごとく大勢の人間でにぎわっている。「お決まりだから・・・」と私は家で待つ娘の為にピンクの海ほたるちゃん人形を買う。一番の売れ筋は一番小さいサイズの人形であるのだと言う。値段は五百円。手頃と言えば手頃な値段だ。その他紐を引っ張ると振動しながら歩き回る人形や、揺れると光るというバージョンの人形も存在した。
 その後は行列で有名な”海ほたる焼き”のお店へ行った。ここは決して本物の海ほたる
を焼いて出してくれるのではなく、海ほたるのデザインの今川焼である。中身はクリーム、小倉、ココア&チョコの3種類。十五分程並びようやく食べてみるが、生焼けでさほど美味しいと言える物ではなかった。1個百五十円ではこの程度なのかもしれない。

「知っていたらわざわざ食べなかった」

 とぶつぶつといいながら、もう一つ有名な”タイちくわ”も試食。これはびっくりする位美味。試食用のちくわも大きく切ってあり、試食とは侮れないくらい大きい。しかしこれからあちらこちら回るので生ものを持ち歩いては危ない、ということで買うのを断念。その他試食コーナーはかなり充実。食べ回るだけで千葉の名産品が分かってくるような気がしてきた。

 その後徐に、雑誌などに掲載されていた”アナゴ丼”を食べる為に五階へ。丁度アナゴ丼のスタートタイム十一時に当たっていたのでそのままバイキングスタイルのレストランへ。二十五cmを越えるアナゴが二匹に茄子、サツマイモ、ししとうの天ぷらが入って千百円。アナゴ好きのとしてはうはうはである。会話も全くせずに丼をせっせと口に運ぶ。味やネタは美味しいのだが、衣が固く百点満点では無かった。

「美味しいと思う。でも難しいね〜」
「私は満足。又食べたい」

 その後も雨の中、1個三百五十円(内税)の巨大な”あさりまん”を頬張りながら海
ほたるを更に散策。景色はいいし、二人の意見としては、ちょっとした食事も揃ってい
る。一回は来る価値があるかもしれないけれど、二回目は四千円もかけて来るのはもったいないのでは?という物でした。しかも、

「美味しいんだけどあさりがなかなか出てこない」
「これじゃただの肉まんだよね〜」

2.砂風呂

 高速料金が高いからもっと長く居て元を取った方が良いのではないだろうか・・・と後ろ髪を引かれながらも海ほたるを脱出。ここからは海上を走ることになる。が両側がしっかりガードされているので、実際走ってみると、あまり海の中を走っているという気がしない。と観察しようと思っているとあっと言う間にゲートへ到着。

 ハイウエイカードで料金を四千円支払い、続いてある連絡有料道路を避けるように高速を降りる。アクアラインが日本で一番高い有料道路であるのはあまりにも有名な話だが、日本で二番目に単価が高い路線はこの連絡道路であると言う。一番左端にある一つしかないゲートをくぐり、目的地を目指した。

「私一つ気が付いた事があるの」
「何?」
「アクアラインで全くトラックを見なかった。さっき料金所でトラックの高速料金を見たら一万千円だものね。高すぎて普段はきっと使えないんだろうね」
「私トラックって運転が恐くて、トラックが居ない道って日本ではここ位じゃ
ない」

 ただひたすらに有料道路を避けながら、気持ちだけは国道をひたすらに目的地の東方面へ向う。が、慣れていない初めての道なので、ついうっかり、すぐ逆走してしまった。二人とも今回の旅は”楽しむ”以外特に大仰な目的はないので「又間違えちゃった」位で、すぐUターンする。どっちが悪いなどと言うことは決して言わない。元々はひめゆりの里という湖近くの公園を目指していたのだが、けらけら笑いながら走っていた為、目的地をとっくに通過してしまい気が付くと宿の側九十九里浜へ到着してしまった。

「案内用の看板が少なすぎるよね〜」

 他人への文句は不思議と簡単に出てくる。しかしここまで迷子になると結構辛いので、慎重になって来た。二人で地図を見ながら”九十九里アクアセンター”を探す。ここは砂風呂に入ることができるらしく、砂風呂経験がない二人は是非入ってみたいとチェックしていたのだった。

「あ、多分、ここを曲がってすぐだよ」

 言葉通り、海ほたるを過ぎて始めて目的地へ到着。お風呂入りようのグッズを手に手に建物へ入っていった。入場料2000円を払って館内へ、砂風呂は人気なのか1時間ほど待たないと入ることが出来ないらしい。よって先に温泉につかり、休憩ルームで旅の疲れを癒す。布団が1組あれば寝てしまいたいような気分だ。

 館内放送が入った。あっと言う間に一時間が経ち、砂風呂へ。下着一つつけないすっぽんぽんの体に浴衣を羽織り三十cm程に掘られた穴の上に足を真っ直ぐにして横になる。首の部分には枕代わりに白いタオルを敷く。あれよあれよと言う間にスコップを持った汗抱くのおじさんやお兄さんが砂をこんもりとかけてくれる。どうやらこの砂は九十九里の砂で、砂風呂の下に石を敷き詰め、下からボイラーで温めているらしい。
 天井を見上げると塩のせいか、ライトの鉄枠が赤く錆てしまっている。

「どの位寝ていればいいのかな」

 独り言の様に言うと、通りがかった砂をかけてくれたおじさんがにこにこ又砂をかけてきた。「サービスだから楽しんでいってね」とニコニコしている。とたんにかけられた部分が熱くなってくるのが分かる。しかし不健康な私は汗が出ない。

「15分位横になって、その後起きあがったら必ず5分はそのままの状態で居ること。でないと湯あたりで倒れてしまったりするから」
「分かりました」

 しかし、それでも砂に入って十分も過ぎると二人の顔は汗だらけになってきた。ただ寝ているだけなのでつまらないかと思いきや、砂をかけてくれるおじさんがまめに声をかけてきてくれる。つまらないギャグや冗談を飛ばしてくるだけなのだが、それだけで二人は単純に”わはは”と笑い、暇をしなかった。こういった時は若い兄ちゃんと話すよりも、年を経た楽しいおじさんと駆け引き無しに笑うことの方が何倍も楽しい。

「砂風呂なんて痩せねえよ。姉ちゃん。何甘いことを言っているんだか」
「何?暑さが足りないって、もっとかけてやろうか」
「今日はビールがうめえよ。え?」

3.あじさい

 夜は二人でチーズを肴に白のチリワインで乾杯!普段溜まっているストレスをことごとく発散させ、溶けるように就寝。最後にテレビを消して電気を消すのを忘れなかったのはさすが守銭奴度が勝るである私の方だった。目覚ましをセットしてようやく布団の中へ、「明日は・・・どこに行こう・・・」と考える間も無く、二人の意識は深い深淵の底に落ちて行った。

 朝!なかなか起きない低血圧の社長を叩き起こして、朝食を仕入れる為に朝市へ。ホテルから10分程行った所の市役所の前庭にて青空にて開催しているのだが、品数が少なく、尚かつ朝食になるような売っていなかった。それでも家で待つ娘の為に、とキウイーと取れたてじゃがいもを購入、それぞれ十個ず
つ入っていてたったの百円。その他スイカが五つで千円、メロンが七個で千円という都会で考えれば爆安のお値段。しかしこれからまだ観光地を回ることを考えて生鮮食品の大量の購入は止めることにしました。

 そしてもう一つの特産品、九十九里の鰯を使用した干物。七輪の上にあぶられて軒先で売られていた。気っ風の良いおばさんがタダで食べさせてくれる。頭部を手ではずし、その部分ではらわたを取り去る。私の旦那は伊豆の生まれなので、干物の食べ方はお手の物。「美味しい」と呟きながら、ずうずうしく社長にも一匹貰った。

「目刺しというのはね、今ここにあるでしょ。目に刺して干すのね。これが干物の中では結構難しくて、乾燥機で乾かしても上手くできないんだって。戻ってしまうんだって。こればっかりは天日で干さないと美味しくないんだって」
「ふーん。難しいんだね」

 お前何者だ、という目で見るお店の人々。手前味噌を披露しすぎた・・・とあたふたと早々に場を立ち去る二人、ホテルに戻ってすぐにチェックアウト。房総半島の端から中央部分へ向けて車を走らせる。さすがに二日連続目的地にたどり着けなかった、というのは
恥ずかしいので、地図を何度も見ながらようやく目的地”ひめゆりの里”へ、入り口では海ほたるで貰った割引券を提示してから料金を払う。丁度一割引の七百三十円。ちょっとお得した気分だ。

 入ってすぐ遊歩道の左側にアジサイが川の様に植えられている。しとしとと降る雨の中ゆっくりと足を進める。場所によってはアジサイが湖の様に植えられていて壮観な眺めとなっている。しばらく歩いていくと菖蒲の植えられた田圃があった。季節がずれてしまったのか、見窄らしく枯れてしまっているが、その両脇に植えられているアジサイは見事としか言いようがない。ゆっくりと小一時間かけて遊歩道を回る。そこには言葉は要らない、荘厳な美しさと逞しさがあるような気がした。

 遊歩道を歩き終え、フラミンゴが放し飼いにされているという温室へ。亜熱帯の植物やサボテン、花などが華麗に植えられている。ぐるぐると順路を回ると大きな扉に辿り着いた。どうやらこの扉の向こうにフラミンゴが居るらしい。

 中には小さな池があり、フラミンゴどころではない、色とりどりの鳥たちが目の前一mほどを歩き回っている。人間を怖がる節もなく、気軽に側により離れていく鳥たち。木製のベンチに座り込み、何飲むでなくぼーっと座り込みました。目をこらして池の周りを見ると亀や鯉、はたまたリスザルまで居るではないか。

「娘を連れてきたいな。これは壮観だわ」
「これはお得だよね。放し飼いってのは凄い」

 たっぷりと満喫して車に戻り、今度は”服部農場”へ。別名”あじさい屋敷”というらしいのだが、既にあじさいを満喫した二人は、余り乗り気ではなかったが、すぐ側と言うので行くことを決めた。車で五分も走らない内に、到着。ひめゆりの里とは違い、あちこちに看板を張ったりと営業活動を頑張っている。何と駐車場も大混雑の大盛況。何とか車を止め、四百円の入場料を払って中へ。そこには・・・何とアジサイの海が広がっていました。

 ひめゆりの里とは違い、本当にアジサイしか無い。しかしその量が比ではない。大海と言っても大袈裟でない程の量だ。アジサイの有名なお寺から株を譲って貰い、増やしたと言うことなのだが、それにしても凄い千坪を越える土地に所狭しと植えられているアジサイ。赤、青、そして日本では珍しい白色のアジサイが植えられている。白色のアジサイと言うと何だか色が無くて寂しそうな気がしないこともないが、実際見ると、テレビや絵で見るのとは全然イメージが違う。普通のアジサイと違い一つ一つの花弁が小さくしっかりとしていて、白なのに存在感がある、愛らしい美しさだ。

「ここでプロモーションビデオとか撮ったら壮観かもしれない」
「ここ凄いよね。ちょっと有名でないのが、信じられない」

 高台に登り、下から見上げてとただひたすらにアジサイに見入る。アジサイには香りがないので数が多くてもむせる事はない。雨粒をひっそりと葉に帯びて、大きな花弁の頭を重そうに掲げている。天上の美しさ。そんな言葉がふと浮かんでしまうような気持ち。もう少し長くいたい、そんな気持ちを何とか振り払いながら、二人は車に戻りほーっとため息をついたのでした。

「和菓子が食べたい」
「あ!分かる。あじさいの形した奴でしょ!」

4.そして我が家に帰る

 行きはゴージャスに東京湾アクアラインを使用したものの、帰りはノンビリと湾岸道路を使って神奈川県へ戻る。値段的にはなんと三千三百円も違う。蓋し時間的にはおそらく三倍程度違うのではないだろうか。大渋滞のジャンクションをひたすらにストレスが溜まるのを我慢しながら抜ける。梅雨の大雨の中、ベイブリッチの上を走ると強風に煽られて車がギシギシと揺さぶられるのが分かる。ハンドルが取られそうになるのを何とか捌きながら一般道へ、ここからは抜け道を知っているので走破はお手の物である。

「あっと言う間だったね」
「みきちゃんがきっと首を長くして待っているよ」

 社長の言うとおり。家に近づくにつれて娘の事が気になりだしかけていた。家を出るときは泣くでなく、ただ不安そうな顔をしていたが、パパと一緒にどうしているだろうか・・・そうこう考えているうちにの自宅へと到着した。

 タンタンタンと勢い良く階段を上る。ピンポーン玄関の呼び鈴を鳴らすとひょいっとパパと娘が顔を出してきた。寂しかったのか娘は目に涙を浮かべて、両手を私にに向けている。”抱っこ”と言いたげなポーズ。私は荷物を持ったままで娘を抱きしめた。

 どうやら、私の久しぶりの旅行は娘を少し甘えん坊にしてしまったようだった。

「本当に愛娘だね」
「甘えん坊で。本当に。次旅行に行くときはどうしようかしら」
「一緒に連れていけばいいわよ!」

 社長の言葉にうんうんとうなずく。パパはやっと帰ってきたのか・・・とホットしたような顔をしてた。手に持っていた荷物をパパに渡し、家の中。家の中は想像した通り、散らかりまくり、手の付けられない様な状態に変貌を遂げていた。 きっと片付けるのは私になってしまうのだろうけれど、「やっぱり行かなければ良かった」とは全く思わなかった。

「又行こうね!」

 社長はうんうんと頷く。娘は意味がわかったのか怒り狂って私の膝をぽこぽこ叩き始めた。パパは相当あきれた顔をしている。次の旅行は何時になるか全く不明だけれど、本当に又行きたいなと思う楽しい旅行でした。
 
[完]

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