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新法制定!”むぎゅー”は世界を救う!

 200X年、日本に新しい法律が制定された。

 通称M法と名付けられたこの法律の内容はこうである。

 「日本国民は一日必ず5”むぎゅー”を行うこと。
  1年間欠かさず一日5むぎゅーを達成させる事が出来た家庭には、所得税を10%減額するものする」

 何だかスーパーの特売の様な法律だな・・・
 と日本国民は動揺した。しかし政府側は真面目である。

 「近年我が日本国は人と人とのつながりというものが無くなってきている。こうして人間同士が常に肌のあたたかさを感じ合う事により、まず、離婚率の低下、新生児誕生数の増加、が見込めるはずである。
  このM法により、日本は神武景気以来の、新たな成長の段階を迎える事が出来るはずである」
 
 野党の反対もあり、M法案は効果が出なければ1年で消滅してしまう時限法として制定された。与党としても清濁併せ呑むというギリギリの判断であるが、とにかく1年頑張り、成果を出すしか無い。

 すぐにも日本の最新テクノロジーを内蔵した”むぎゅー”判定用リストバンドが発表され、希望者に配られた。
 このリストバンドは人間が”むぎゅー”をした際に微妙に分泌される特殊ホルモンを察知し、自動的にに”むぎゅー”の回数をカウントし、政府に報告する機能を有している。総重量25g、小さな子供でも不自由無く、毎日付けられる重さである。
 
 ”まじかい・安くなるのかい!”

 まず反応したのは”特売”に弱いおばさん達であった。

 「毎日抱き合うだけで、税金が安くなるなら、やるしかないじゃない!」

 とやる気マンマンである。まず朝起きたら、とりあえず隣に寝ている旦那を”むぎゅー”。朝起きてきた子供を”むぎゅー”。会社に行く前の旦那を”むぎゅー”と誰彼の意見を聞くこと無く行動を開始した。

 「でも家族全員やらないと、減額されないんだよね」
 「そうなのかい、じゃみんな頑張ってもらわないと、晩飯は無しだよ!」

 おばさんに先導され、一つの目的に向かって家族が一致だっけつしていった。

 結婚して早20年、でっぷりとした嫁さんなんて今更抱きしめたくないよ・・・と思ってはいても、久しぶりに”ひしっ”と抱き合う感触は想像していたよりも決して悪い気分では無い。苦笑いがついつい浮かんでしまうのを笑うのは勘弁である。
 
 「何よ、あんたニヤニヤして気持ち悪いわね」
 「うるさいな、じゃ、会社行ってくるから」

 今回の法制定について、テレビのニュースにおいては、欧米ではこの行為を”ハグ”と言い、法制化する事無く日常的に行っているのである。と報じていた。慣れてくれば何の事はない。のだが、やはり日本人には今まで無かった新しい習慣である。

 しかしやっぱりミソは家族全員がしないと税金が減額されないということである。家に引きこもって、人に会いたくないという子供が居る家庭は大変である。
 しかし”税金減額!”のパワーは強い。無理矢理ながらとにかくリストバンドを反応させる為に父親、母親が無理矢理に毎日抱きしめ続ける。
 
 「やめろーキモイんだよ!」
 「税金が減額されるのよ!一日たったの5回”むぎゅー”するだけで、だったらやるしかないじゃない!」
 「やめろって言ってるだろー!!ばばあ!!!」

 青年の声はあっという間にかき消され、部屋の扉に鍵をしめ籠城しようとも暴力的に続けられた。そんな1週間も続けただろうか、引きこもり青年の頭にあるアイデアが浮かんだ。

 「どうせ”むぎゅー”をするなら若い女の子としたい」

 青年は2年振りに部屋を出た。

 まだ朝早いせいか、太陽の光がまぶしかった。リストバンドのカウンターはまだゼロを指している。これからは母親以外の人間とこのカウンターを増やしていきたいものである。
 こうして全国の引きこもり青年の数は日を追う毎に少なくなり、就業人口が自然と増加して行った。

 「じゃ、いってらっしゃい!」
 「むぎゅー!」

 気が付くと、出勤前の”むぎゅー”は日本の常識となりつつあった。

 あたりめっぽう”むぎゅー”するよりも、日常の習慣に織り交ぜて確実に、定期的に行った方が効率が良いことに皆が気が付いてきた結果である。

 「毎日、悪嫁が家に帰ってきたとたん”むぎゅー”するんだよ。全くたまらないね」

 という旦那の顔は笑顔だった。年を経、老いたとは言え、一度は愛し合った仲。「出来れば若い娘としたいんだけどね」という欲は出る物の決して気分が悪かろう訳は無い。、

 ”むぎゅー”の有効性について、ワイドショーは以下のように伝えた。

 1990年代において、夫婦仲が冷め切った夫婦がカウンセラーに夫婦仲を良い方向に改善する方法を相談した所、以下のような返事が返ってきたのだという。

 「いいですか、あなたはこれから今すぐ家に帰って、奥さんを優しく抱きしめてあげてください。
  言葉は必要ありません。夫婦仲が改善するまで、毎日朝と夜、会社に行く前と帰ってきた後で構いません。抱き合う習慣をつけて下さい。
  壊滅的な夫婦関係で無い限り、90%以上の確率で夫婦仲は改善するはずです」
 「え、それだけでいいんですか?」

 とカウンセラーに笑って言ったものの、家に戻る足取りは重い。
 妻を抱きしめるなど一体何年ぶりだろうか、帰り道公衆電話から妻へ電話をする。

 「今から抱きしめに帰るから、玄関で待ってろ」

 と。まだ就業時間なのにも関わらず帰ってくるというのは一体何が起こったのだろうか、しかも玄関で待っていろ???奥さんが戸惑ったのも無理は無い。
 とりあえずエプロン姿のまま玄関に立つ。しばらくして顔をすっかりこわばらせた旦那が家へと戻ってきた。

 「じゃ、やるからな、準備はいいか!」
 「はいはい」

 カチコチ状態で夫婦が抱きしめ合う。「いい年して何やってるの!」と奥さんは言いたかったが、頭の中から言葉が出て行かなかった。
 旦那の体温が知らずの内に自分へと伝わって来る。二人の目からは理屈やタテマエを抜きにして、涙が流れてきていた。その後この夫婦の関係が上手くいくようになったというのは言うまでもない。

 そんな事があった90年代から数十年以上経った時代においても、夫婦間の”むぎゅー”は多大な効果があったようである。半年も経過した辺りであろうか、高齢者の妊娠者の増加がニュースになり始めてきた。消えかけた蝋燭にうっかり火がついたと言うことであろうか。40歳を経過しての高齢出産も決して珍しくなくなってきていた。

 「子供が成人する時には俺は定年だよ」
 「ま、いいじゃない。じゃ、今日も行ってらっしゃい!」

 大きな腹を避けるように抱き合う。確かな絆。

 35歳を過ぎてからの女性の妊娠は衰えかけてきた女性ホルモンの分泌を促進する効果があり、若返り、より長寿になる可能性が高いのだという。若い頃に比べ年を取ってからの出産は金銭的に余裕があるだけでなく、出産費用が高額になってしまうことを厭わなければ、麻酔ガスを使用した”無痛分娩”という手もある。高齢とは言え、”生もう”と決断さえしてしまえば、何とかなってしまうのが現実なのである。

 高齢者の定年離婚の数は目に見えて少なくなり、先進国において多くなりがちな離婚率も100年前の水準までに低下した。しかし政府的には高齢者の出産が増えたというのは良い意味での誤算であった。政府はなかなか結婚しない若い女性をこの法律によって、より成婚率を上げたいと考えていたのである。

 「残業するよりも、毎日”むぎゅー”をした方がお金が入るみたいよ!」

 政府公報のパンフレットの中には、若い男性タレントがニッコリ優しく微笑み

 「あなたも”むぎゅー”で新しい生活始めてみませんか」

 という文字が赤く書かれていた。

 女性週刊誌各紙にも細かい計算式が至る所に掲載され、一日2時間程度の残業をするのであれば、毎日”むぎゅー”をした方が金銭的に有利であることが紹介されていた。

 更に科学技術省において、女性ホルモンのバランスから考えると、女性同士”むぎゅー”をする事よりも、一幼年期の子供と”むぎゅー”する事であり、その次に良いのが同年代の異性と”むぎゅー”する事であることが発表された。
 幼児又は同年代の異性と”むぎゅー”を行った場合、女性ホルモンがより多く分泌され、下手なエステに通うよりも効果が期待されるのだという。

 「やっぱり、今のトレンディは”むぎゅー”よ」

 若い女性は美と流行に弱い。
 
 お昼休みを使って公園で遊ぶ子供達と”むぎゅー”をしようとするが、核家族化が進んでいる今、早々子供は知らない人間と”むぎゅー”をしてくれる事は無い。
 かくして子供と全く遊んだことの無いキャリアウーマン達は”むぎゅー”をする事無く寂しく公園を去っていく事になる。

 しかし美の為である。多少の苦労は仕方がない。

 カルチャー教室に足を運び、”子供との遊び方”を勉強する。元来出産前のお母さん達の教室が今や出産と全く縁の無いキャリアウーマン達の巣と化した。
 おもちゃを使わないで子供と遊んで貰う方法、子供達により信頼される為にはどうしたら良いか、そして定期的に”むぎゅー”をしてもらうような関係になるにはどうしたら良いか、など講義の内容は多岐に渡る。

 「なるほど、勉強になるわね」
 「ここはノートを取っておかないと」
 「テストに出るかも!」

 かくして公園には笑顔で日参するキャリアウーマンの姿が溢れるようになった。
 とはいえ子供一人一人の数が少ない為、子供を奪い合う競争は激化するばかりである。その子供の母親としても自分の子供を見ず知らずの女性に”むぎゅー”させるのは当然抵抗がある。
 キャリアウーマンは子供と”むぎゅー”する為にその母親と仲良くなり、なおかつ子供にも好かれなくてはならないという状況に陥るようになった。

 これでは昼休みがいくらあっても足りない!
 
 今日も又子供と”むぎゅー”できなかったキャリアウーマンが、怒り狂った顔で、本日の”むぎゅー”数を稼ぐために仕事の帰り際、彼氏と熱い”むぎゅー”をかわしていた。
 最近はこのように欧米並みに人前で熱い抱擁を交わす人間も決して珍しくなくなってきた。

 「あのね、今日も***くんと”むぎゅー”できなかったのよ。むかついちゃう。母親の方がなんだかガタガタ五月蠅くて」
 「それはね、やっぱり自分の子供は心配だから」
 「もう1ヶ月以上顔を合わせてるんだからそろそろ”むぎゅー”させてくれてもいいじゃないのねー。
  このままじゃ明日も駄目かもしれない」
 「じゃ、君が自分の子供を産んだら?”むぎゅー”そしたら、し放題だよ」
 「え?」

 ”それってプロポーズ?”そう。我が子であれば、当然”むぎゅー”はし放題なのである。
 かくして年輩の、特に美容的に危険度が高くなってきた女性から結婚ラッシュは始まった。

 「今の時代、高齢出産なんて40歳過ぎてからよ!」
 「そう!赤ちゃん万歳!」

 かくして”結婚して働く女性”が増えてきた。
 会社内にそうした女性が出産した子供を預かる託児所が増設され、保育士派遣業という新しい商売が成立し、順調な収益を上げていったのである。政府としては新しい雇用が生まれ、非常に喜ばしい事であった。
 
 「保育士派遣業は、来年株式上場を目指します!」

 法律施行後1年間が経過した時点で政府は動揺した。何と毎年減少を続けていた人口増加の割合が増えてきたのである。

 「やった!!!
  赤ん坊の数が増えた!!!!」

 M法案に反対してきた野党もこれには驚きである。

 常に現象を続けていた夫婦1組あたりの出産数が1.4にまで落ち込んでいたのが、何と1.6にまで上昇したのである。

 「こんなふざけた法案に効果があるはずがない!」

 と主張してきた野党はこの結果にグウの音も出ない。

 合わせて国民総生産も通常の成長率よりも微妙に増加した。1年目の成果としては十分であろう。しかし1年間毎日”むぎゅー”が出来たのは全国民の3割程度であった。達成率としてはまだまだである。

 「来年は更なる努力を続けたい」

 当然の事ながらM法案は継続が決定された。

 所得税1割減で政府予算の減少が心配されたが、M法案による新たな産業や需要の創立により、消費税の税収が増えた事により見事相殺された。
 国民総生産が増えれば当然税収は増えるわけだから、多少減額しても総予算的には問題はない。その年の年末に行われた総選挙において、与党は圧倒的多数で圧勝した。”家族とのふれあいを大切にする党”M法案は日本のみならず、コミュニケーションの取り方が苦手なアジアの国々にも広がっていく気配を見せ始めた。

 半分冗談のようにM法を受け取っていた人間も、実際に減税処置を受けた人間を間近に見ると、やはり「来年こそは自分も・・・」と思う様である。その傾向は高額納税者の輪により多く見られた。下手に株を買ったり税金対策をするよりも、今の時代は”むぎゅー”が有効なのである。

 「***様でしたら、このM法の優遇措置を受けますと、約1億円の還付が期待出来ます。この法案の良いところは還付された金額を家族全員で分け合っても、このケースに限っては贈与税がかからないという点です。お子さまへの少しでも財産分与をと考えられるのであれば、是非この法案に参加される事を税理士としてお勧めいたします」
 「とは言ってもね・・・今更この年じゃ恥ずかしいよ」

 と言いつつも、専用リストバンドをする高額納税者は確実に増えてきて居た。ともかく一般庶民と還付額が桁違いなのである。しかし、毎日のように高級クラブに通い、綺麗なお姉さん達に”むぎゅー”をしてもらうというのはやはり限界がある。

 「おい、今日は回数が足りないんだ」

 と、急に近場の子供や嫁さんで済ませようとしても、そうは問屋が降ろさない。

 「あら、いつもは他で済まして来られるのに、どうしたんですか」
 「パパ臭いから嫌いー」

 改めて家庭内での評価の低さを知る高額納税者のパパ達。
 これはいけない!と家庭サービスに励む人間が増えてきた。アミューズメントパークは週末は大入り満員、順調な株価上昇を続けるようになった。

 しかし当然の事ながら、ちょっと魔が差す人間も当然居たのである。

 「毎日バカにされながら、”むぎゅー”をするにはやはり限界がある。
  裏の方で出回っていないかね、こう”むぎゅー”を自動カウントしてくれる機械みたいなもんは」
 「探せばあると思いますが、そういった事は現時点ではお勧めできません」

 税理士は冷たく突き放した。

 「単純に老後の事を考えても、今の段階で家族でスキンシップを図ると言った事は有効な手段であると思います。
  余計な手間を考えずに努力をしてみてはどうでしょうか」
 「やっぱりそれが一番だと君も思うかい?」

 仕事が忙しくて、深夜になってもカウンターがゼロの時は大慌てである。
 帰ってすぐ嫁に抱きつくがカウントされない。”むぎゅー”をした際に発生する微量なホルモンを計測しているのだから、心のこもっていない、いい加減な”むぎゅー”では機械は判定しないのである。

 「そんなんじゃ駄目なの。こう優しく”むぎゅー”ってしないと」

 洗い立ての髪からシャンプーの香りが漂う中、優しく抱きしめられるとちょっとドキドキ。カウンターはホルモンを正確に関知し、カウンターを静かに一つ進める。
 リストバンドのモードもサイレントモードと音波モードの二つを選ぶ事が出来、音波モードを選択している時は、カウンターが一つ動く毎に”ぴーん”という電子音が木霊する。その音を聞きつけてか、子供が2階から降りてきた。

 「パパお帰り。”むぎゅー”していい」
 「あ、それは勿論」

 子供心ながら父親に気を使っているのだろうか、あっという間にカウンターは2に上がる。今度はパパから優しく子供に”むぎゅー”、おまけに”むぎゅー”そして最後はママに”むぎゅー”である。

 「これでokね、お仕事ご苦労様。食事にします?お風呂にします?」

 お金では買えない感触。

 来年の税金還付の金額を考える前に「これは確かに良い制度だ」と認めざるを得ないパパなのであった。
 
 逆にお金が全くないパパさん達は更に大変である。

 うっかり嫁さんが旅行になど行かれてしまうと、”むぎゅー”をする人間がみつからなくなる。仕方なく会社の部下などに臨時で”むぎゅー”をさせてくれるよう頼んでみるが、早々良い返事をくれる部下など居ない。

 「いやですよ、(おじさん臭いし)他あたって下さい、●●君とか同性に頼めばいいじゃないですか」
 「それはそうなんだが、(出来れば若い女性がいいし・・・)無理言ってすまなかった。他あたることにするよ」
 
 後ろ姿がちょっと可哀想・・・そう思ってついつい”むぎゅー”を許してしまう女性社員も居るには居るのである。
 科学技術省の報告によると、男性の場合はやはり若い女性と”むぎゅー”をした方がホルモンバランスの関係からも良い効果が得られるのだという。
 遊びに出かける嫁さん達は泣きつくパパに仕方なく、”むぎゅー”をしてくれるという女性に対して、お願いの手紙を書いたり、おみやげを買ってきたりという行為に出るようになった。

 「いつもすみませんね・・・」
 「家々、仕事でお世話になってますし、困った時はお互い様ですよ」

 家族ぐるみの人間関係が生まれれくるにつれ、頑なに上司との”むぎゅー”を拒んでいた人間も、「そこまで頼まれては仕方がない」と段々折れるようになってきたいた。
 気が付くと、自然と会社内の人間関係が緩和され、離職率が下がってきていた。

 しかし、ついにM法を悪用する人間が現れた。お金を出せば何でもやる。そんな人はやはり居たようで。
 
 インターネットのアングラサイトでは”むぎゅー”を自動カウントする機械がバカ売れしていた。”むぎゅー”の際分泌されるホルモンの成分解析に成功した会社が作成した物なのだが、1台100万円という値段にも関わらず、販売予約は常に半年待ちという状態でる。

 「毎日の手間を考えると、やっぱりこういう機械があった方が・・・」

 購入した人の傾向を見ていると思ったより独身男性が多い事に気が付く。
 日本人の男性はより奥手な人間が多いと言うことなのだろうか?
 この機械に”むぎゅー”判定リストバンドをセットするだけで、機械は毎日自動的に”むぎゅー”の際分泌されるホルモンを5回振りかけてくれる。駆動は停電対策の為に単1電池4本で動くというシンプルさである。

 こうした動きに政府は敏感に反応した。当然こうした不正は考えられていたらしく、警察のインターネット刑事部隊により、あっという間に販売していたインターネット・サイトは停止させられ、販売先リストは検察の手に渡った。

 検察側としては個人一人一人を摘発するのではなく、来年の確定申告又は年末調整の際、このリストを元に不正者には還付を行わないと言う手段を取るよう決定した。

 みんなが楽しい年末調整、しかし”むぎゅー”自動カウント機械を使用した人間は、受付にて還付を拒否されていた。「おかしいんじゃないか!」と苦情を出そうものなら、昼であろうと夜であろうと税務官が自宅まで押しかけ、機械を購入した人のリスト及びリストバンドに登録された”むぎゅー”発生時間リストを提示する。

 「おかしいじゃないかね、毎日君は1分の狂いもなく同じ時間に”むぎゅー”をしていたと言うのかね?」
 「不正機械を購入した事は業者から手に入れたリストによって既に判明している。君は偽名を使ったつもりだろうが、ほらこの銀行のカメラは確かに君の姿を捉えている」

 大概の人間は一番最初の一言を言われるだけで、がくっと肩を降ろし、観念するのが普通であった。100万円も出したのに・・・と言った所であとの祭りである。
 罰則が無いことがこの法律の良いところであろうか、来年は更に悪質な業者が跳梁跋扈するかもしれない、インターネット刑事舞台及び警察は無事本年の摘発を終えた事を感謝し、祝杯をあげたのであった。
 
 1年間毎日5回、継続すると言うことは思ったより大変な事である。2年目の今年は見事1年間5”むぎゅー”を達成した芸能人が華やかにインタビューに答えていた。

 「当たり前の事ですよ、法制化されたからと言って急に始めた事ではありません」

 そう答えるのは往年の銀幕スターの女性俳優であった。以外と思われたのは殆どの外国人と日本人カップルの夫婦が達成を逃していた事である。特にアメリカ人などは”むぎゅー”はお家芸であると思ったのだが・・・

 「やっぱりね、毎日は難しかったです。やっぱり仕事で地方に出るときもあるし、そんな時主人や子供以外と”ハグ”をするなんて・・・やっぱり出来ません」

 なかなか世の中思った通りにはいかないようである。

 でも、達成率は少し上がって40%、急速な増加では無いが、国民総生産も右上がりで上がってきている。来年もこのまま行こう。誰しもそう思った年始に行われた臨時国会において、このM法案の原案を作成した代議士がこんな演説をした。彼は代議士としては初のハーフの議員であり、外見は金髪碧眼である為、普通黙っていれば誰がどう見ても日本人には見えない。しかし彼は流暢な日本語で力強く語り始めた。

 「この法案を思いついたのは、本当に物心ついた頃でした。
 幼い頃小学校に行く前に必ず玄関で”ハグ”をしていたのを友人に笑われ、自分自身としては”恥ずかしい”と思うよりも、”何故こんなに大切な行為を茶化すんだろうか”ということでした。

 大学を卒業し、企業に就職してもこの疑問は消えませんでした。政治家を志し、初めてM法の草案を書き始めた時、手が震えました。ようやく自分の理想を実現させる時が来たのだ、と
 実際の法制化にあたっては、様々な障害がありました。本当に情けない思いをし、涙を流した事も一度や二度ではありませんでした。
 しかし、2年前の衆議院において見事賛成多数で可決した時、ついに私の苦労は報われたのです。草案を書き始めてから丁度10年目の事でした。
 こうしてM法が無事に軌道にのり、皆様に受け入れられる状態となり私としては政治家を志して良かった。と心から思っております。新年早々固い話で申し訳ありませんが、感謝の意を含め、ここで演説を終わらせて頂きます」

 場内総立ちの拍手である。

 この時点で野党を含め全ての議員が、法案制定の際あざ笑ったことを後悔した事であろう。M法を見事書き上げたこのハーフの議員は更に10年後、見事日本の50代総理大臣として就任する事になるのだが、それは又未来の話である。

 20XX年、日本は相変わらず世界のトップを走り続ける。コミュニケーションの重要さ、M法は日本から全世界に大きく広がり、”戦争”という単語さえ死語となりつつあった。

 ”むぎゅー”はついに世界を救ったのである。

 めでたし、めでたし。











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