子供投資株下落セリ

 妊娠し実家に戻っていた時の話だ。

 最初は一緒について行くと言っていた娘が急遽自宅に残る事となった。建前上は「パパが怒るから。パパがこっちに居なさいと言うから」だが、娘自身にも口に出しては言えない打算があったのだと思う。パパはプレゼントを沢山買ってくれるけれど、ママはケチで買ってくれない。「自宅に残らなければクリスマスプレゼントは貰えないよ」と言われ、どうしてもプレゼントが欲しくてて残った。と言う事もあると思う。

 昨年末、かくして私は涙を流し、娘はクリスマスプレゼントにボールテントを貰った。結果として娘に分があるように見えるが、出産後娘に色々話を聞く内に娘にとって色々と予想外の誤算があった事が分った。

「どうしたの? あんたがこっちに居るって言ったんでしょ」
「でもね、みきも大変だったんだよ。ママちゃん分る?」

 自分にとって当たり前であった事が突然失われる。何不自由無く幸せ一杯に育った娘にとってそれは大きな衝撃であったらしい。一番辛かったのはと聞くと、それはどうやら食事の面であったらしい。さもありなん。会社から帰ったパパが作る料理など子供が好きそうな物がそう毎日作れる筈も無く、一人娘で真綿に包まれて育ち、親からの「サービス過剰」を当たり前とした娘にとって「食事を我慢する」と言う事は口には出せないが、相当辛い事であったらしい。

「そんな事言ったってさ。ママは毎日美味しいご飯は作れるけれど、プレゼントは買ってあげられない事は分ってたでしょ」
「知らなかった」

 事は娘の思い通りに進む事は決して無かったのだ。そしてそれについては旦那に苦情を言う前に娘自身がツケを払わなくてはならない。と私は思う。

 と、言う事で、その後私は何かある度に

「ついてこなかったくせに。ふーんだ」
「ママが一番大変だった時に手伝ってくれなかった」
「一回嘘をついた人は信じられません」

 と言うようになった。親はそう言う事をしてはいけない。と言う人も居るだろうが、「親だから嘘をついても大丈夫。約束を破っても問題は無い」とは思っては欲しくないのだ。自分の責任は自分で取る。娘は今、着替えを一人でやるようにしたり、お片づけを毎日するようにしたり、とそう簡単にチャラにならないツケの清算にやっきとなっている。

 現在アメリカでは、そうした「期待はずれ」に対するツケを払わせようとする訴訟、それも「親」が「子供」に対する「子供失望訴訟」と呼ばれる物が増えていると言う。

 ロサンゼルス・タイムズによると、高校の野球監督が元選手の父親に、最初は「投げすぎで腕を痛め、投手としての将来性を潰された」次は「虚偽の情報を流して奨学金を受けられなくした」と二年間に二度訴訟を起こされたと言う。親の期待通りに子供が成長しなかったのは指導を行った監督のせいだ、と言うのだが決してこれは笑い話では無い。現在勝訴例は無いものの、アメリカでは昨年だけでも二十件もの「子供失望訴訟」が起きているのだ。子供としてもうっかり練習をさぼれない時代なのである。

「高い授業料を払って、クラブに入れたのに! 結局無駄になったなんて!」

 出す物を出した親の気持ちが分らない訳でも無いが、やはり日本人にしてみれば笑い話としか聞こえない。子供を投資対象とし、それで食べて行こうとする事が決して悪いとは思わないが、それを監督の責とし、それまでのコーチ料を格段に越える賠償金を求めるのは何とも恐ろしい。それも偶々一人だけではなく複数人が何回もと言うのは既に社会現象と言っても良いのかもしれない。

 そう考えると、アメリカではおいそれと草野球球団の監督にも、趣味でテニスを教える事も、自分自身の家庭を守る為に止めておいた方が良い時代なのかもしれない。

 又こうした訴訟を起こされた子供の気持ちと言うのはどうなるのだろう。万が一勝訴などしてしまったらそれこそ子供の人生が狂うのでは無いのかと思う。マイケルジャクソンから多額の賠償金を受け取った少年は今どうしているのだろう? 訴訟を起こす前の元の静かな生活に戻れたのだろうか? アメリカでゴールドラッシュが起こった際、その時は沢山のお金持ちが生まれたが、現在にまで子孫が金持ちで居るケースは皆無であるそうだ。ゴールドラッシュでお金持ちになり現在に至るのは山師にジーンズや道具を売り、地道に仕事を続けていた会社だけだと言う。悪銭身につかず。一時は良くとも長期的には本人の為にならない。とは日本では昔から良く言われる言葉である。

 自分の事は自分で責任を取る。自分が出した答えには自分が最後の責任を取る。私は少なくとも子供にそう教えたいと思うが如何だろうか。
 
「……でもね、みきも大変だったんだよ。ママちゃん分る?」
「はいはい。お片づけは終ったの? きちんと良い子で居てくれたら、もう言わなくなりますからね」

 小さな小さな一歩から。
 地下鉄の落書きを徹底して消したら犯罪が少なくなったと言う話を聞くが、個人的にも「小さな事から統一して」と言うのは大事な事だと思う。子供が急に結果を出したり、聞き分けが良くなる事はまず有り得ないのだから。