誰為にオシャブリは鳴る

「口呼吸になってしまうので、赤ちゃんにオシャブリは使わない」

 大分前の話になるのだが、赤ちゃんがオシャブリを口に加えた場合、そのオシャブリを咥えていた場所の噛みあわせが悪くなり、自然と口呼吸になってしまうのだ。と言う記事をテレビで見た。

「ふむふむ。そうだったのか」

 しかし後日逆にオシャブリをする事により、経常的に鼻呼吸の練習をしている事となり、口呼吸にならなくて良いのだ。という記事も読んだ。一体どちらが真実なのだろう。段々自分でも分からなくなってきた。

 娘を産んだ際、オシャブリを一応購入はしたが殆ど咥えさせる事はしなかった。それはずっとシャブシャブ口を動かしていると、口の形が悪くなると思ったからだ。小学校の頃読んだ樋口一葉の一葉日記には「いい女はホウズキの袋を口で膨らまさない」と言った内容を読んだ事がある。簡単に言うとホウズキを定期的に口に入れていると大きな口となり、美女の基本であると言われる小口にはならないと言うのだ。これは大変! とそれ以来私は意識してガムなどを食べる事はしなくなった。数十年後、妹は私の口を見て不思議そうにこう言った。

「どうして智子ちゃんの口は小さいの? 小さい頃は同じ位の大きさだったよね」
「それはね……」

 説明を聞いた妹は怒り狂った「どうして教えてくれなかったのよ!」と。しかし自分なりに科学的根拠があった訳でも無く、本から聞きかじった程度の知識であった為妹にわざわざ教える事は無いと思ったのだ。確かに写真などで比べてみると、明らかに妹の方が口が大きい。

「生まれつきよ、生まれつき。差が出たのは、たまたま」

 とは言え娘にもオシャブリを咥えさせたり、ガムを与えたりとした事は殆どしなかった。歯並びも心配であったし、結果、そうした選択をした事により口呼吸となる事は無かったからだ。ガムは虫歯になるから、スナック菓子は体に悪いから。滅多に、友達の家に遊びに行った時でないと口にする事は無かった。意識して小魚など体に良い物、歯に骨に良い物を口にする。歯並び、口呼吸云々の前に幼児期のこうした食生活は一生を左右する事はよくよく言われている事では無いだろうか。

 近所に歯並びの悪い子が居ると、娘は「硬い物を食べないといけないんだよ。じゃないと歯は綺麗にならないんだ」と説明する事を忘れない。綺麗に生え揃った歯は娘にとっても自慢の産物であるらしい。

 生まれつき赤ちゃんは元々鼻呼吸をしている。言葉を話すようになって口呼吸に切り替わる場合がままあるのだと言う。うわ言のような単語を言うようになるのは生後二ヶ月頃からだが、一般人でも聞き取れるような言葉を話し始めるのはどんなに早くても一歳以降。うっかり出っ歯になってしまうと、その結果として口呼吸になってしまう事も少なく無いのだと言う。

 では、オシャブリをすると歯並びが悪くなる。と言う記事は真実なのだろうか。何気なくオシャブリを販売している大手ベビー用品メーカーのカタログを見ると以下のように掲載されていた

 歯並びが悪くなると言う真相は
 おしゃぶりを適切にお使いいただく上で歯並びが悪くなると言った事はありません。指しゃぶりは長く続けると固い骨やつめのせいで歯並びに悪影響を及ぼす事がありますが、オシャブリは柔らかい素材(シリコーンゴム)でできています。

 実際売り場でオシャブリを探してみると、確かにどれも透明なシリコーンゴムで出来ていた。しかし四年前娘を育てた時のオシャブリは茶色いゴム製であり幾分固かったような気がする。昔は問題があったけれど今は問題無いという意味なのだろうか??? 謎は深まるばかりである。

 固い物を食べると歯並びが良くなる? オシャブリは柔らかい素材なので大丈夫? 歯並びに影響は及ぼさない? 私の弟は生まれつき歯並びが悪く、それを不安に思った母は小学生に入ったばかりの弟を連れて病院へと向った。思い切って歯並びの矯正を行おうとしたのだ。息巻いて出かけた数時間後母は怒り狂って家へと戻って来た。理由を聞くと。

「歯の矯正に五十万とか百万とかかかると言われたのよ! しかも直るのに二年かかるか三年かかるか分らないって言うの。冗談じゃないわ!」

 本人ぼられる。騙された。と思ったらしい。実際歯の矯正を行う場合最低でもその位のお金はかかるのだが、その当時母にはそう言う知識は無かったらしい。その後母がした行動は素早かった。スーパーにて大量の煎餅やスルメを買って来て、弟に極力曲がった前歯で噛むよう指示をしたのだ。その時はまさかそんな事だけで歯並びが直るとは思わなかったが、数年後、気がつくと弟の歯は真っ直ぐ綺麗に問題なく生え揃っていた。

「みなさい。何が百万円よ! タダで直っちゃったわよ!」

 母曰く、昔の人はこうやって日々の生活の中で歯並びを治していたそうである。
 過去の経験から考えて、私は娘にオシャブリは与えず、歯が生えた後は極力固い物を食べさせたのは言うまでも無い。

 いや、やっぱり赤ちゃんにオシャブリを咥えさせよう。と思っても、実際慣れなければ長時間咥えている事は出来ない。人によっては

「赤ちゃんは泣く事でしか意思を伝える事が出来ない。それを口にオシャブリを咥えさせる事により、妨げてしまってはいけないのでは無いだろうか」

 と言う人も居る。確かに、咥えている間は泣く事が出来ず静かであり、親にしてみては快適だ。しかし咥えている間にお腹が空いてしまい泣こうとしても泣けない。困って真っ赤になってしまった我が子の姿を見ると確かに不憫である。しかしこれは然程心配する事は無かったらしく、数日で不必要な時はペッと吐き、泣くと言う基本技を使えるようになって来た。

 街中で、洋服に落下防止用の器具を付けオシャブリを咥えている子供を見る度に不思議になる事があった。あの子達は何故あそこまでオシャブリに執着するのだろうか、と。思い切ってそうした子供を持つお母さんに質問してみると、思いがけない答えが帰って来た。

「オシャブリを咥えていると安心するらしいんですよ。夜は特に咥えていないと落ち着かないみたいです」
「とすると、自分で喜んで咥えているんですか? 煩いから咥えさせているのでは無くて?」
「そう。もう無いと落ち着かないみたい。もうこれで生まれた時から数えると五つ目位かな?」

 感情表現の一つの手段となっているのだろうか? 少なくともそのオシャブリを咥えている子供はそのオシャブリを咥えている間は笑顔を見せる事は無かった。その子の顔を良く見よう。と側によると、より一層激しくオシャブリを咥える。親にしてみれば確かに静かで、一見落ち着いている様に見えて良いのかもしれないが、一抹の違和感を感じてしまった。

 気がつくと我が家のオシャブリは埃をかぶり、綺麗に洗って咥えさせても吸い続ける事はしなくなってしまった。機嫌の良い時は笑い、悪い時は大声で泣く。私はそれでいいのでは無いかと思う。無論の都会の住宅事情を考えると赤ちゃんを泣かしてばかりは居られないのだろうけれど。

 色々な情報がある中、自分がどれを信じて子供に実行して行くか、幼児期にしなくてはならない事が沢山ある中選ぶのはその母親の目だけである。一つだけの情報に惑わされず色々と考え勉強し、最適の選択肢を選べたら良いなと思う。子供に咥えさせるオシャブリ一つにでもこれだけの情報、理由があるのだから。