金魚3

★前作★→昨年書いたものです
金魚
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金魚2
http://office-ikeda.sytes.net/column/backnumber15.htm

 今年もまた暑い夏が始り、終わりを告げて行った。我が家の小型45センチの水槽には現在7匹の金魚が生息している。どれもかなり元気である。気がつくと昨年よりも3匹ほど金魚の数が増えている。

「金魚掬いやっては駄目ってあれ程言ったのに!!!」

 増やした犯人は昨年と同じく娘である。しかし増えてしまった物は仕方が無い。2歳の金魚と1歳の金魚では個体差がある。やはり隠れる所も少し増やしてあげた方がいいかもしれない…… と愁傷に金魚草を束ねてトンボ玉で作った錘で水槽に沈めてみたが、見事水草は金魚達のオヤツと化してしまった。彼らはあまり自然の魚のように人間から身を隠そうとは思わないようである。流石に一番固い芯の部分は食べない物の、食い散らかして水を汚し、折角手作りした錘を口で突っついて遊んでいる。

 何の為に水草を入れたのだっけ??? 荒れる水槽を見ていると何が何だか分からなくなって来てしまう。通常水草は金魚に隠れ家を与えると共に水質を綺麗にする為に入れる物なのだが…… 本人達は何も考えていないらしい。見れば新入りの小さな金魚も水草を突いて遊んでいる。最後は餌じゃないよと教えるのは諦める事にした。初めから金魚のオヤツを入れたのだと思う事にしよう。私はそう思って自分で自分を慰めた。

 餌と言えば、それに対する執着心は恐ろしい。現在食事は朝与えるだけであるが、ある日娘に「金魚には1日1回の餌で良いんだよ」と言う話をすると

「子供たちがお腹空いてるって言ってるのに、ご飯をあげないのはどう言う事」

 と言う良く分からない理由で餌を与えてから、娘が水槽に近づく度に金魚達は暴れるようになった。どうやらこの子の前で動き回れば餌が貰えると学習したらしい。私や旦那が近づいても全くの無視である。結構頭がいい。逆にうっかり餌をあげるのを忘れて仕事をしていると、背後で「ざくっ」「ざくっ」と言う怪音が聞こえる事がある。声が出せない彼らが砂を掘り必死の抗議をしているのである。「あ、ごめん忘れてた!」と餌をあげさえすれば音を立てるような事はしない。飼い始めてはや1年。金魚達はすっかり我が家の家族に順応し、共存を続けている。

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 8月の初旬の頃の話だが、実家の母が父と共に遊びに来た。普段から好き勝手に暮らしている両親が遊びに来る事など年に一度も無い事である。もしかしたら気が向いて、日焼けした娘の顔でも見に来たのかな??? と思いきや、両親・いや母の目的は近所の卸商で売られている"金魚"であった。

「この暑さでねえ、金魚が沢山死んじゃったのよ!」

 今だ小さな水槽1つで金魚を育てている私と違い、母親は大きな池・水槽4つを駆使して金魚の生育に明け暮れている。死亡のおそらくの原因は夏に金魚の鰓の部分に発生する寄生虫のようなのだが、水槽を綺麗にしたり調子が悪そうな金魚を隔離する事位しか出来ないらしく、ホトホト困っている様なのである。

「買うんだったら家の金魚持って行ってよ。増えて困ってるんだから」
「別に金魚は買うからいらないわ」
「せめてキャリコだけでもさ、持っていってくれない」
「何度も言うけど、乱暴な金魚なんていらないの! お母さんも調べたけどキャリコって特に気性が荒い金魚みたいじゃない。そんなの押し付けないでよ!」

 ばれたか。人の手垢が付いた金魚は要らないと言うのだろうか。母と私がこれだけ金魚にはまっている理由は何故だろうと考えてみるとやはりそれは祖父の飼っていた金魚に行き着くのでは無いかと思う。10年以上前に亡くなった祖父の金魚池はそれは華やかだった。戦争に行き、どちらかと言うと人付き合いの良く無い祖父の唯一の趣味。私は幼い頃から祖父の家に遊びに行く度にその池を覗くのが大好きだった。

 金魚のサイズは鯉と見紛うばかり、20センチ近かったと思う。祖父は難しい金魚の繁殖にも成功し、行く季節によってはまだ色の黒い金魚の稚魚を見ることが出来たのを良く覚えている。

「池に落ちないように気をつけなよ」

 サラサラと流れる水流の音と共に祖父の手が私の頭に重ねられる。祖父が亡くなって暫らく経って、結婚の報告をしに祖母の家に行った時の事である「折角だから金魚を見て帰るわ」と池に駆け寄ろうとした私を祖母は片手で静止した。見ると目からは涙が毀れそうである。

「じいちゃんが死んで、全部連れて行ってしまったよ。今は池に何も居ないんだ」
「え?」
「すぐだったよ。じいちゃんが死んで、池の魚達が死んでいったのは」

 祖父の死と共に、私の思い出の池は姿を失った。この話を母にすると「手入れが悪かったんじゃないの。おばあちゃんは乱暴だから」と一顧だにしなかった。私と母が金魚を好きなのはその池を見て育ったからと言って、中国系の金魚を好きな理由はあまりその池とは関係が無い。どちらかと言うと祖父が好んで育てたのは日本の金魚達であったからだ。

 私が中国語を話すからとか、母は中国で生まれたからとかそう言った事はもっと関係が無い。中国には何度も、長いこと滞在していた事があるが、現地で金魚を見た事は無い。受けたくても影響を受けようが無いのである。昔読んだ中国のノンフィンクション小説に金魚のために部屋一つ借りると言った記述があったが、確証は無いが中国では金魚を飼うと言うのはあまり一般的な趣味では無いのかもしれない。

 私と母が中国系の金魚を集めているのは偶々偶然で、たまたま実家の側の病院に大きく育った立派な水胞眼が居て、その姿に惚れ込んだから、である。それ以上もそれ以下も無い。

*中国系の金魚=パールスケール 水胞眼 頂点眼 パンダ など
 日本系の金魚=土佐錦、出雲南京、地錦、江戸錦、京錦 など

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 かくして両親・娘連れ立って近所の金魚やさんへ出かける。おりしもその日は火曜日・定休日であったが、全く気にせず中に入る。常識人である父はとりあえず黙って外で待っていた。中に人を探したが見つからない。とりあえず金魚を物色していると、わらわらと人が入ってきた。良く見ると近所の駐在さんの姿もある。軽く会釈をし、危険な人間で無い事・近所の人間である事等をアピールする。

「今日は定休日なんですよー 入っちゃ駄目じゃないですか」
「でも遠方から来たので、何とかしてもらえません?」

 無論こちらとしては何とかしてもらうつもりでいるのだが、まず定休日に門を開けて、人が中に入れる状態にしている方が悪い(かもしれない)気がつくとお店にどんどん客が入ってきた。お店の人も諦めて投槍に対応を始めた。後で話を聞くと、定休日に仕事をしても一切お金には成らないそうなのである。完全サービス残業なのでやる気など出よう筈も無い。

「これいくらですー」
「それは死にそうだから、買ってもしょうがないよ」
「ちゃんと答えて下さい!」
「そんなの買わなくていいって」

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 母親の当初目的は"パールスケール"と呼ばれる丸型の金魚であったのだが、こちらは稚魚しか居らず、母親は片目でちらっと見るだけで、気にいらなかったのか、購入を草々に諦めた。定休日だけあって水槽の中の金魚は大分死んでいる。「今年は昨年よりも死ぬ数は少ないよ」と言っていたが、それでも相当の数である。1つの水槽に5-6匹は死んでいる。

「あそこに居る頂点眼はいくらです?」

 きちんと2000円と言う値札が付いているのだが、金魚などは売れ残ると安くしてもらえるのが普通なのである。交渉の結果二匹で1500円(二匹しか残っていなかったかららしい)と言われたが、母親の目はその向かいに飛んだ。先だって死んだ可愛がっていた水胞眼が数は少ないけれど色鮮やかに泳いでいる。私が飼っている水胞眼はオレンジと白を基調としたノーマルタイプの物だが、その日そこに居たのは更に赤の色を加えたかなり変ったタイプの水胞眼である。これは普通のペットショップには売られていない。珍しい。

「これは幾らです?」
「これも売れ残りだし、死んじゃうからタダでいいよ」
「タダ!!!」

 母は慌てて金魚の選別を始めた。通常金魚は水槽などに居る場合水上に浮いている物よりも、下に沈んでいる金魚の方が強いのだと言う。水泡眼は安定していない種なので、色やサイズにばらつきがある為、選別する方も必死である。

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「じゃ、この五匹でお願いします」
「タダでいいよ」
「そう言う訳にもいかないですから、ちゃんと値段を付けて下さい」
「面倒くせえからいいってのに」

 ぬ。お金をきちんと払う気だったか。梱包している間、母はここれはチャンス! とばかり自宅での窮状を訴えた。何とか死に行く金魚を助けたい一心である。

「金魚が死んでるんですよ。今までこんな事無かったから」
「寄生虫だろ。金魚を買ったりする時も盆を過ぎた辺りに買うとその影響を受けなくて良いって言うけどな」
「昔・祖父が夏に金魚がばたばた死んだ時とかに、池に何か入れていたような気がするんですよ。何だったか良く覚えてないんですけど。そうしたら死ぬのがぱたっと止まったような気が」
「そう。昔は池に直接薬剤を入れたりもしたけど、あれはあんまり良く無いんだ。今は対策としては塩水浴だね。元々寄生虫は塩水に住む物じゃないから効果あるよ。今やってやるから見ててみな」

 母の真剣な眼差しに根負けしたのか梱包をしていた手を止め、桶に水を張り水道の脇に置かれていた岩塩を溶かす。「濃度は海水よりも少し濃いくらい」と言うが実際にはかなり濃度が濃い事が目で見て分かる。購入した5匹の金魚を網に移し、塩水に漬ける。1・2・3・4・5秒程経つと一匹の金魚がフラッと横に倒れた。慌てず網は真水に戻って行く。すると倒れた金魚も直ぐに元に戻り水の中を泳ぎ始めた。

「これで大丈夫。安心しな」
「ありがとうございます。家でもやってみます」

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 他にも母親は黒メダカも数匹購入した。これは野生のメダカと呼ばれているもので現在絶滅の危機に瀕している物である。結局全部合わせて1000円で商談が成立。母親は大喜びで自宅へと戻って行った。後日別のペットショップで黒水胞という真っ黒の水胞眼を発見したが、これは1匹で980円であった。夏の季節は終わりを告げ、金魚に蔓延していた寄生虫も徐々に勢力を弱めて行く。我が家もワンサイズ上の水槽を購入する事を検討中である。

「もう少し金魚の数が増えたら、庭に池を置きたいな」
「ん? 池??」
「プラスチックのさ。埋めるだけでできる簡単な奴で良いからさ」
「子供が大きくなったら考えてもいいが、そろそろ金魚やめたらどうだ?」
「人の趣味に付いてごちゃごちゃ言わない。ま、考えておいてよ」

 翌日母から喜びの電話がかかってきた。実家全ての金魚に塩水浴をさせた所死亡がぴたっと止まったと言うのだ。「やっぱり寄生虫だったんだねえ」今は増えた金魚の世話を見ると共に、買い損ねたパールスケールを買うかどうか悩む毎日であると言う。

「どうしようかね。ともこちゃん」
「どう考えても飼い過ぎでしょ。お父さんそろそろ怒り出すかもよ」

 私は違う。娘が勝手に掬ってきたから…… 言い訳を少々振り回しながら、我が家及び実家の夏の金魚の人口増はこうして終わりを告げたのでした。