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猫撃退日記

 その事件はある晴れた雨降りの翌日に始まった。

 溜まりきった洗濯物を二階のベランダにノンビリ干していると、ベランダの隅のほうに何か異変を発見。何か黒い物体が見え、虫が集っているような……「何だ?」と気になり側に寄ってよくよく見てみると、二階であるにも関わらずベランダの隅に巨大なウンチが転がり金銀に輝くハエがたかっているのを発見したのである。

「これ、猫のウンチ???」

 今まではかなりドロドロの、どちらかと言えば下痢気味のウンチが転がっていた事はあっただが、こんなに原型そのままで転がっているのは初めての事であった。猫ってこんなウンチするんだ、と一人で納得しつつ、正直どうするか処分に困ってしまった。

 かなり前から我が家のベランダは隣の猫の遊び場となっているらしく、朝・夜・昼関係なく猫がベランダにやって来ては遊び回っている。我が家は木造建築なので、ベランダには木材に雨水が染み込む事の無いよう防水シートが張られ、対策が取られているのだが、これを猫は時折暇つぶしにカリカリやっているようなのである。

 隣の人に波風を立てたく無い。猫が多少ベランダで遊ぶくらい仕方が無いではないか。と思い今まで隣の人間にクレームを出した事は無い。しかしウンチをこう頻繁に撒き散らされては小さい子供も居る事であるし、気候が暖かくなってくるにつれて、衛生上の問題として今後大きな問題となってくるだろう。これはこれ以上放置しておく訳にはいかない。

「旦那が帰ってくるまで置いておこうか」

 とも思ったのだが、洗濯物の真下にあるので、そう言うわけにもいかず、その日は臭い匂いを我慢しつつ、草々にウンチをビニールに入れ処分をしました。ウンチ入りのビニールを持って隣の家を訪れようかとも思いましたが、流石にそこまでの勇気は出ず、気分は朝からかなりブルーになってしまった。

「でも、これは本当に何とかしないと、もう駄目だわ」

 事件が起こった二日後、事件は思いもかけない方向へと展開を始めた。

 猫をなんとかしないといけない。
 能天気人間である私一人で良いアイデアが沸くはずも無く、大量のウンチが蓄積されていた翌日の朝、旦那と色々と今後の対策について相談をしてみた。

「猫が飛び移ってくる手すりの部分に鳩避けの剣山を置いてみたら」
「ベニア板でベランダを囲み、絶対に入れないようにする」
「ゴキジェットで追いかける」

 と乱暴なアイデアは幾らでも浮かんだのだが、まずは簡単な所からと言う事で、まずは穏便な手段から、と手すりにガムテープを裏返して貼り付けた。もし、猫がガムテープを触れば体に粘着物質が引っ付き、ベランダ移動の際少しは嫌がるかと思ったのだが、これは全く効果がなかった。猫はひょいひょいと何事も無かったかのように、ガムテープの上を移動して行くのである。

「駄目だな。これは」
「何だかお店とか行くと、猫が嫌がるスプレーとか売っているみたいだよ。厭な匂いがして、猫が近寄らなくなるんだって」
「駄目だ小さい子供が居るのに、危ないだろう」

 話はまとまらず。結局次に我が家が取った手段は、猫がベランダにやって来た時に地道にバトミントンのラケットを持って追いかけると言う手段だった。夜寝ていても、ドスンと言う猫がやって来る音が聞こえて来ると、慌ててベランダに駆け上がり、猫を追い出す。部屋の電気が消えると人間が居ないので遊びに来ても大丈夫! と思って居る猫の意表をつこうとしたのである。

「ここはあんたの家じゃないでしょう!!!」

 娘も真似をして、何度も何度も窓際に置かれたラケットを持って猫をベランダから追い払う。とにかく地道な作業であるが、糞公害を防ぐ為、多少無駄な努力と思いつつも、我々家族は一丸となって、必死に頑張ったのである。

 悲劇はそんな事を開始した翌朝に起こった。
 朝旦那が起きて二階のリビングに上がった時の事である。夜中にあれほど攻撃を仕掛けたのにも関わらず、猫が堂々とベランダで寝ていたのである。

「又うんちをしている!!!」「現行犯逮捕してやる!!!」と怒った旦那が猫を捕まえようと手を伸ばした瞬間、予想外の事件が発生した。何と猫が旦那の手に噛みついたのである!!!

「うぎゃーーー」

 と叫ぶ事は無かったが、突然ベランダでバタバタ・ドスンドスンと言う音が木霊して来たので、取るものとりあえず慌ててリビングへ娘と共に駆けつけた。そこには血を滴らせ、手をぶるぶると震わしている旦那の姿があった。本人相当痛いらしく旦那の目は瞑られ、額には深い皺が寄っていた。

「智子すまん。病院連れてってくれるか?」

 かなり深く噛まれたらしく、右手には牙の部分にぽっかりと二箇所穴が開き、左手には猫の三本の爪が作ったであろう長い引っかき傷が残っていた。ぼたぼたと血がフローリングに染み込んでいく。傷口が荒れているせいか、手で傷口を圧迫する位では血が止まらないのだ。

「分かった。じゃ、着替えてくる」

 とにかく猫に噛まれたのであれば破傷風の恐れもあるし、この状態ではどう考えても素人の手に余るから、病院に行くしかない。簡単に身支度を整え(ノーメーク)娘に簡単に服を着せ雨の中の家を出た。無論の事ながら、病院に行く前に隣の家を訪れるのを忘れなかった。責任の所在がどこにあるのか、明らかにしておかなくてはいけないと思ったからである。

 チャイムを鳴らし、事情を説明する。「お宅の猫ですよね」と確認を取るが、ニヤニヤしているばかりで要領を得ない。確かにそうだとは認めるのだが

「治療費はお支払いしますから」
「最近は家で猫を飼っていないので私も良く分からないんですよ」

 と言うばかりで全く要領を得ない。旦那の血も止まらない事を考えるとここで長く話し込んで居る訳にはいかない。事態は一刻を争うのである。今後の責任の所在をはっきりする為にも噛んだ猫の写真なり実物を抑えておかなければと、少々家の周りを探したが、既にその猫の姿は見つからず、諦めて旦那と娘を車に乗せ病院へと車を出した。もし今日犯人を捕まえられたのであればおそらく旦那の返り血を浴びた猫の毛皮は赤く染まり立派な証拠となり得たはずである。

 救急病院へ連れて行った旦那の傷は思いのほか深く、破傷風の予防接種及び傷口を消毒の必要がある為、明日・明後日と通院が必要なようであるようである。

「お前の気持ちも分かるが、俺も噛んだ猫そのまま帰してないから……」

 家に戻ってきて、娘を幼稚園バスに乗せた後話を聞くところによると、噛まれたまま旦那は猫を蹴り飛ばし、鼻をつぶしたと言っていた。どうやら早朝早くから人間と猫との壮絶な戦いが繰り広げられていたようだが、事情はどうであれ片腕が動かなくなるほど猫が人を噛んで良いはずも無く、猫の治療費を請求されれば、無論払うつもりである。数時間前に帰宅してきた隣の人間は傷ついた旦那の事を気遣って挨拶に来る気配も無い。

 仕事場の隣では今日もまた猫が泣き叫び、隣の家に入れてくれと言わんばかりに壁をガリガリと引っかいている。悲劇は起こってしまった。一体ベランダを蹂躙する猫に対してどう言う態度を取ったら良かったのか。翌日も傷口の消毒のために病院へと向かう旦那の背中を見つめながら、私は一人思い悩んでしまった。

 旦那が猫に噛まれて重症を負った。
 この話を聞いて一番驚いたのは近所のママさん達だった。猫があちこちをフラフラしているのは知っていたが、「まさか人間を襲うとは……」「もし家の子供だったら……」と言う事が根本にあるらしい。近所の子供達にはくれぐれも猫がやって来ても側には寄らず、逃げるように重々通知された。

 ある意味最初の被害者が旦那だったから良かったのである。もし子供の、それも女の子だったらどうなっていただろう。一生涯残る傷を負ってしまったならば、ただの笑い話には済まずそれこそ近所あげての大事件になっていただろう。

 隣の家の人間も多少反省をしたのか、その日を境に猫はベランダにはやって来なくなっていた。やはり垂直の壁を猫が登って居るるはずもなく、やはり家の中の階段を経由し、ベランダで遊んでいた様なのである。夜中には不満たらたらの猫の鳴き声が響くようになったが、安全が確保されるなら多少は仕方の無い事である。

 ペットボトルに水を入れた物を置く、これは大量の日光が当たった場合火事の可能性がある為危険であるそうだが、今もまた家の軒先に見かける事がある。猫を飼っていると言う人からは以下のようなアドバイスを頂いた、一部引用してご紹介すると

チョット臭いんですが・・・ネコは犬と違ってかなり清潔派です。そこで,決まった所に!ウンチおしっこをします。これを無くすには・・・《解決しなかったら!ごめんなさいね・・・》『漂白剤(何でも真っ白にする!強力な方)』をまいてみて下さい。ホントハ,スプレーでやったりするのですが・・・全体をスプレーで,やっている場所を特に!匂いも取れるし,消毒作用もありますから・・・大体において・・・多頭飼いの方は,お隣さんみたいな方が多い傾向にありますね。避妊しないから増える・・・可愛いからでなく,ショウガナイカラ飼っている・・・苦情を聞いても知らん振り・・・犬やネコに責任はないんですけど・・・悲しい現実です。
 
犬などを飼った場合にまず飼い主が最初にする事はと言うと、人を噛まない事。人に従うと言った基本的な事を教える事である。私が小さい頃は犬の口の中に手を入れ、少しでも動かしたら(噛もうとしたら)頭を叩くと言う強制的な教育方法を行っていた。こう言うことを長く続けていると犬は自分の口の中に人間の手が入っただけで嫌がるようになる。幼い頃私の右足を噛んだ犬は有無も無く保健所送りとなり、処分された。「一度噛んだ犬はもう一度噛むから」と言うのがその理由である。ライオンなど大型の哺乳類が人間を襲っても同じ事であり、「たった一度の気まぐれ」がその命を奪う事となる。

 旦那を噛んだ猫が今どこに居るのか、現時点では分かっていない。猫が人間に対する教育を受けていたのかどうか、噛んだ後どうした経過を辿っているのか(場合によっては旦那に殴られた為病院に行っているのかもしれない)確認する必要があるとは思っている。

 傷はまだ治っては居ない。
 この猫撃退日記はまだまだ続く事になるのかもしれません。





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