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借金大王

 借金は百万円を超えると後は本当にあっという間だと言う話を聞いた事があったが、それは本当だ。と言う事が最近になって分かった。月末近くになると、消費者金融各社から請求書が俺の元に届けられる。借金総額百五十万円。一度やったので、もうしばらくは電卓で総額を計算するような事はしないが、見事な物である。

「あひゃー。又増えてるよ! これが鼠算と言う奴か???」

 借金の理由はと言うと、簡単には説明できない。すごく曖昧だ。最初は確か友達の車を借りて事故にあった時にその車が車両保険に入っていなかったので、その金額全てを俺が支払わなくてはならなくなった事に始まる。親に事情を説明して、金を借りるのもうざったかったので、たまたまポケットに入っていた消費者金融に電話をして、金を借りたのが最初である。そう。その時の金額が確か五十万円。
 一度消費者金融にカードを作ると、何だかお金に対する感覚が麻痺してしまったような気がした。そしてその後は友達に頼まれて借金をして、携帯を借りて、ついつい夜遊びをして…… 気がついた時は百万円を越え、どうしようもない状態になって来てしまっていた。

 消費者金融に行った事が無い人が居るのであれば、一度行って見るといい。無人の簡単な手続きだけで、あっという間に五十万からのお金を貸してくれる。俺が無収入の学生であるのにも関わらず、である。借金の取り立ても毎月一定額返していれば特に何も言って来ない。うっかり振り込み忘れても、丁寧な女性の声で「振込みをお忘れでいらっしゃいませんか?」と言う電話がかかってくるのみである。そう低姿勢で言われたら支払わない訳にはいかない。段々俺は借金に対する感性が鈍り、借りた金=俺の金と勘違いしていく様になったのだと思う。しかし今頃気がついたのかと言われるかもしれないが、ここまで来ると見事な物である。

「こりゃ、何とかしないとまずいな」

 まずいだけでは済まない。そして俺がまず考えたのは、友人に貸した金を回収する事であった。友達の家を訪ね、何度もチャイムを押すが出ない。盛り場を探し回ってもどうも俺を避けているようである。こいつには金を六十万円以上貸している上に、携帯電話の名義貸しもしている。逃げられたら偉い損害であった。厭な予感。友人が逃げ始めてから、名義貸しをしていた携帯電話の料金が支払われなくなっていったのである。何時の間にか住所変更されており、請求書は俺の元へと届けられるようになっていた。

「俺、ブラックリストに載っているから携帯電話借りられないんだよね。だから名義貸してくれない? 支払い住所は俺の住所にするし問題無いだろ」
「あ、金をちゃんと払ってくれるんならいいけどさ」
 
 気軽に返事をした事が今は悔やまれる。話を聞けばこいつは何人もこの手口で騙し、無料携帯電話をせしめているのだと言う。携帯電話は三ヶ月支払いが滞ると停止する。大体名義の人間の人間が住んでいる場所と支払人の住所が違うのに、何故契約出来たのか今はまずその部分から不思議である。俺の携帯の支払いも借金の利子を返済する事で精一杯で、既に先月滞納していた。もうこれ以上携帯にお金は払えない。俺は携帯を捨てる覚悟をした。

「携帯電話の料金はね、支払う義務は無いんだよ。借金があちこちに分散しているのなら、携帯電話の支払いは最後でいいと思う」

 姉ちゃんが偉そうに電話でアドバイスする。本当にそうなのだろうか? しかし例え法律上そうなっては居ても、借金取りはやはりやって来る。特に俺の場合は二回線滞納していると言う事で悪質と判断され、朝に夜に自宅の固定電話におそらくは電話会社の下請け会社からの連絡がかかって来た。内容は罵声飛び交う酷い物である。そんな電話を何度か受けている内に、不謹慎ながら、段々自分が借金をしているなと言う実感が湧いてきた。こんな物二〜三回聞けばそれ以上聞く必要は無いと思い、俺は自宅には殆ど戻らず、母親も家の電話を使う事を諦めるようになった。例え支払う義務が無いとはいえ、携帯電話の料金は使っていない間もしっかり延滞料及び固定費はしっかり加算されて行く。毎月送られてくる明細を見ている内に、俺はまず携帯の借金を詰める事にした。支払い金額は優に十万円を超えている。名義貸しをした方の携帯は止まる一ヶ月前辺りから無茶苦茶に長電話をしていた様である。家庭の固定電話が鳴り止んだ時、俺は真剣に借金返済に向けて取り組まなくてはならないなと思い始めていた。もううざったいとか、面倒臭いなどとは言っていられないのである。

 利子を含めた返済額は月々五万円、これさえ払っていれば消費者金融から督促状がやって来る事は無い。幸いにして俺は大学四年生であり、卒業に向けて自由な時間は幾らでもあった。バイトをして稼ぐしか無い。まずは消費者金融の請求書に目を通す、各社によって利率が違うのが驚きであった。最初に何気なく駅前で貰った消費者金融会社A社の利率が一番高い。まずここから返していくべきであろう。

「安い利率で一箇所にまとめられればいいんだろうけど……」

 そうは問屋が卸さない。俺の借金額と言うのは一箇所にまとめるほど高額と言う訳では無いようだ。借金をまとめるのも無料では無く弁護士などを通して処理を行う為ある程度のお金は必要なのである。まずは肉体労働系の日雇いのバイトを探し、とにかく金を稼ぐ。遊んでなどはいられない。土日は大抵大型量販店の駐車場の誘導作業員をする事となった。「兄ちゃんも借金でかい、大変だねえ」と声をかけて来る人も居たが、俺は特にここで人と係わり合いを持つつもりは無かった。俺は遊びに来ているのでは無いのである。借金はそう簡単には減らない。そんな中、利率の一番高いA社から自宅へと電話がかかって来た。誰からかかってきたか分かったならば、絶対に出なかったであろうが、かかってきた電話は非通知であり、その時は誰からかかってきたか分からなかったのである。

「どうです、又十万借りて頂けたら、今度は商品券を二万円分プレゼント致しますが」
「もう金はいいです。返すのに精一杯で」
「じゃ、お友達が借りてでもいいですよ。商品券二万円をあなたに差し上げます」

 ここで上手い話に乗るほど俺は馬鹿じゃない。投げつけるように受話器を元に戻し、対策を考えた。とりあえず相談できる人間の所へ行こう。まず思いついたのが姉ちゃんの所であった。小金を貯めている様ではあるし、色々と余計な事を知っているので、助けてくれるかもしれない。

「あんたねえ。人のことケチケチ女だとか、貧乏人だとか散々けなしておいて、今更何を言っているのよ!」

 久しぶりに訪れた姉の顔は怒り狂っていた。事情を説明し、金を貸してくれないかと打診するが、今まで借りている金を返却しないと貸せないとの回答であった。そう。忘れていた。俺は姉ちゃんにも借金をしていたのであった。

「馬鹿だねえあんた。私あの時あんたが消費者金融から借りなくていいように、お金を貸したのにさ。結局友達の借金をかぶって?? 借りちゃうなんて。これであんたは家を買ったりする時に不利になってしまうよ」
「え、どうしてだ?」
「消費者金融ってのは横で繋がっていてね、その借りた記録ってのはいつまでも残るのよ。銀行関連ってのはそうした借金歴のある人間にお金を貸す事を嫌がる傾向があるの。あんたこれから苦労するよ〜 借金を返した後も」
「それは、知らなかった」

 しかし今は今後の事よりも目の前の借金を返済する事が大切である。姉ちゃんから出たアドバイスはとにかく早く返す事であった。

「人間生活を変えて返済を行える期間ってのは、最大三年なんだって。大体その期間だったら、何とか過酷な生活でも耐えられるんだけど、それを超えると人間っておかしくなってしまうんだってさ。まず言えるのは、あんたの場合利子だけじゃなくてどんどん元金を減らしていくって事」
「しかし、そう簡単にバイトも見つからないし……」
「もう少し経てば夏の宅配のバイトが始まるから、今からターミナルに問い合わせておくといいよ。それから新聞の宅配のバイトとか。これも出入りが激しいから案外登録しておけば簡単に始められる」
「きついのは厭だな……」
「何のんきな事言ってるのよ。大体あんた就職決まってないんでしょ。あまりきつい事言いたく無いけど、就職先にも当然消費者金融に借りているリストを見る人が居るんだからね、企業としてもどうせ雇うんなら借金持ちの人間よりも、真っ白な人間の方がいいに決まってるじゃない」

 そう言われてみれば、企業に面接に行っても何だかその場ですぐ断られる事が多かったような気がする。借金リストがそんな所にまで出回っているのだろうか??? しかし思い当たる節もいくつかあった。消費者金融に借金をするようになってから、俺宛のダイレクトメールの数が増えたのである。特に消費者金融関係からの、である。情報が漏れてる? 読まないで捨てればいいだけだと思っていたが、日常生活にも影響を及ぼすとなったら話は別である。

「あんたの場合試験時刻の一時間後とかに行くから断られるの。借金云々前にたるんでるのよ。今回の件はいい勉強だと思って頑張りなさい。誰も頼らず自分の力だけで完済しなさい」
「おう。勿論そのつもりだけど」

 ごくごく当たり前の事を、言いたい放題言われた上に、金は借りれなかった。もしかしたら姉ちゃんの前で土下座をして、涙ながらに頼み込んだら貸してくれたのかもしれないが、変なプライドが邪魔をして何気ない顔をして立ち去る事しか出来なかった。もう只管働くしか無い。就職活動を平行しながら、俺の生活は過酷を極めた。

「ちくしょーへらねえ!」

 テレビで消費者金融のCMが流れるたびに腹が立った。おそらく最終的には借りた金額の二倍以上の金額を支払う事になるはずである。何でこんなに簡単に借金が出来るのだろうか。もう少し厳しかったら俺の人生も変わっていたろうに、彼女にも借金がある事を話したが、とたんに冷たくなり、別れる事になってしまった。お人よし、世間知らず。俺の事を裏で笑っていたに違いない。就職先はようやく決まったが借金は減らなかった。大学卒業後、バイトをしなくても固定収入が入るようになった事から携帯電話を再び持つ事にした。別段以前滞納していても、契約する事はできるようである。ただし俺の場合信用度がゼロの為、一ヶ月滞納すると携帯が止まってしまう事になる。

「やっぱり携帯は便利だよ。うん」

 俺は今日もまた借金返済の為に日々頑張っている。いつ終るのか、おそらく計算上は後一年位で終るとは思うが、それは何とも言えない。途中で風邪で倒れてしまったり、病気になってしまったりと言う可能性も考えられるから、神のみぞ知るである。ただ今はきつい残業を日々こなし、返済完了日が一日でも早く訪れるよう頑張るのみである。借金が返済し終わったらどうするか…… それは今度は車でも買って、自分の為に借金をしたいなと思う。他人の為なんかもう御免だ。

「あと五十万。頑張るしかないんだろうなあ」

[完]




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