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潮干狩りに行ってきました!(千葉)

「うわー大きな貝。一体これどうしたの?」

 公園の砂場に持ち込まれた白い大きな貝の数々。手に取る四歳の娘の目はキラキラと輝き自分の手と同じ大きさの貝に興味深々である。枚数は優に二十枚を大きく超える。貝を入れていたスーパーのビニールをパンパンと叩きながら、年長さんのお姉ちゃんは自慢げに、こう語りだした。

「海で取ってきたんだ。すごいでしょう」
「海? どこの海で」
「千葉ってとこ。パパとママに連れて行って貰ったんだー」

 こんなに大きな貝が日本の海で取れるのか? と言った点について大きな疑問が残ったが、その貝に海藻などの付着は無く確かに天然物である事は間違い無かった。公園に集まった子供達は我先にと貝に泥砂を入れ、固めて遊ぶ。娘も貝には興味深々。生まれて始めてみる大きな貝の存在に、すっかり心を奪われてしまっていた。

「千葉のどこの海だか覚えてる?」
「九十九里浜って言っていた」

 学生時代に一度行った事がある場所だ。見れば見るほど不思議な貝ではあるが、形状から察するにこれは蛤である。千葉の名産である事を考えると絶対にあり得ない話では無い。誰かが魚屋さんで買ってきて、バーベキューで食べ、捨てた可能性も否定出来ないが、とにかく真実を知りたければ行って見るしか無い。

「行ってみますか。みきたん」
「そうだね。ママちゃん」

 かくしてその日の週末、家族三人車に乗り込み、確たる情報も無いまま千葉を目指した。娘の手には百円ショップにて購入した新品のバケツと熊手が握られている。いまだ熊手をフォークと呼んでしまうのだが、この調子で潮干狩りが楽しめるのであろうか?

「みきちゃん。これから貝を取りに行きます。それは分かりますね」
「判る。フォークでほりほりして、バケツに入れるんでしょ」
「そう。それは熊手だけどね。実は貝には色々な種類がある。アサリ、蛤、蜆、とか。で、ママが欲しいのは蛤なの。わかる?」

 手で形を表現しようとしたが、上手く伝わらない。娘は初めて聞く名前に動揺を隠せなかった。

「一番大きな貝が蛤、で次がアサリ、最後が蜆かな。蜆は川で取れる物だから今回は関係無いけど」
「ハマグリ。を取ればいいのね」
「そう。アサリはいけない。蛤でお願いします」

 首都高速を抜け、一路千葉県を目指す。インターで浦安海浜公園という場所を紹介された。どうやらここでなら潮干狩りが出来るそうである。

「観光潮干狩り場だから、小さい子でも絶対に取れるよ」

 その場所はインターからは左程の距離では無かった。駐車場も完備されており、これは安心である。荷物を手に持ち海を目指す。途中”潮干狩り入場券”なるものを購入する。一人五百円程度だが、これは一体???

「どうやらここは朝、貝を撒いているみたいだな」
「え、自然に取れる所じゃないの???」
「これじゃ、誰でも取れるよ。でもお前らはとにかく取れればいいんだろ。ならここで上等だよ」
「我々が目指しているのは大型の、貝幅五センチを超える蛤なんだけど。パパ何か勘違いしてる」
「うるさい。ごちゃごちゃ言うのなら、もう連れてきてやらないぞ」

 ともあれもうお金は払ってしまった。浜にビニールシートを敷き、貝を求めて海を目指す。海へと繋がる砂浜の所々には潮溜まりが出来ており、熊手を持った人が群がっていた。一般的には砂浜に小さくあいた貝の空気穴の下を掘ると貝が居ると言われているが、実際はどうなのであろうか。
 
 実は私自身、潮干狩りは初めての事であった。幼い頃海に潜りサザエやトコブシなどを取った記憶はあるが、砂を掘り二枚貝を見つけた事は無いのである。とりあえずあやしげな空気穴を見つけてはスコップで掘ってみる。砂を多くすくってしまうスコップは潮干狩りには不向きである事が最初の何回目かで判る。五ケ目の空気穴の下にようやく貝を発見。「おおおおー」と声を上げて娘に発見を強くアピールする。

「みきたん。やったよ! ついに見つけたよ!」
「ママ! 見せて! 見せて!」

 大事そうにバケツの中に貝を仕舞い込む。ここで取れた貝は二百グラム百二十円で買い取らなくてはいけないので、あまり沢山取ると大変な事になってしまうのだが。一度見つかりだすと後は止まらない。おそらくは朝いちで潮溜まりに投げ込まれた貝が面白いように取れた。最後はもう熊手はいらない。手で砂の中をコソコソっと探るだけで貝が取れてしまうのである。

「何だかこんなに取れるとありがたみが無いね」
「お前らにはピッタリだよ」

 バケツの中は既に満杯となり、入り口で貰った網の袋もギュウギュウに貝が詰まっている。さて、そろそろ帰ろうかと入り口を目指す。後は計量をしてお昼ご飯を食べて帰るだけである。

「奥さん。これは困りますね」
「え、これはですね。たまたま入ってしまったんですかねえ」

 計量をしようと待っていると、前でバケツの奥に貝を隠し計量を逃れようとしているおばさんの姿が見えた。計量をするアルバイトの人間もこうした”犯罪者”には慣れているらしく、それ以上咎める訳でなく「これも計量して宜しいですか」と淡々と作業を続けていた。我が家の収穫数は約二キロ、一体どうやって食べるのだろうと思うと頭が痛いが、中々の収穫量であった。

「最後に水で浸すの辞めて欲しいよね。あれで重量が絶対増えてるよね」
「一応洗ってくれてるつもりなんだろ、一応」

 浜辺で朝作ってきたサンドイッチを食べる。普段小食な娘も外での開放感も手伝ってか今日は本当に良く食べる。隣の家族からはバーベキューの美味しそうな匂いが漂ってきた。気になって辺りを見回すと、殆どの家族がバーベキューを始めているでは無いか。これは親はともかく子供はたまらない。

「どうして、みきのお家にはバーベキューが無いの?」
「それは…… 今日は忘れてしまったのよ。次は買っておくから。それでいい??」

 隣に置かれたバーベキューのコンロを涎をたらしそうになりながら見つめる娘。少々不憫である。「早めに帰ろうか」と旦那が声をかける。確かにそうだ。このままではちょっと可愛そうかもしれない。

「みきちゃん。又来よう。ね」

 荷物を草々に片付けて足を洗う。「砂は水に弱いのよ」と言いながら娘の足についた砂を丹念に払い、洗い流す。自分の足も同じように洗い流したが、とたんに娘がトイレに行きたくなってしまったらしく、慌ててしまった。

「おちっこ出ちゃう。出ちゃう! これは大変な事」
「あわわわ」

 足場に居る人を観察してみると、それはそれで楽しい。上手に蛤だけを取り網に入れている人から子供が二人程乗れそうな橇に大量の貝を詰め込んだおじさん。スーパーでの価格の大体半額の金額だから、商売で使う人間は、面倒くさくてもこちらに取りにきた方が安上がりなのかもしれない。

 バタバタしている私の隣で旦那は大型のバケツを買い、中に海水を入れた後で貝を中に入れた。砂抜きは家に戻ってからでも出来るが、やはり一番良いのは貝が住んでいた海水で抜く事であると言う。車に乗ってからは倒れないように足で挟んでバケツを固定する。

「さ、帰るよ!」

 びちょびちょになってしまった熊手とバケツはビニールへと隔離する。バケツの中に泳ぐ貝も最近は畜養と呼ばれ、中国から価格が安い時期に輸入され、半年ほど海の中で放置されていた物であるかもしれないが、今は元気にぴちゃぴちゃと音を立て、海水を吸っているのが判る。

「食べてみれば、判る。か」

 帰路は不覚ながら、娘と共にそのまま眠ってしまった。車は静に走り続け、目が覚めた時には家に戻っていた。後日貝の半分は近所の友達にあげ、残り半分はアサリのパスタ、バター炒め、にしてあっという間に食べてしまった。味はスーパーのアサリが食べられなく成る程美味。香りも歯ごたえも良く、間違いなく国産アサリの味がした。

「そう言えば蛤は…… 忘れてた」

 貝取りに夢中になってしまい、肝心の蛤の存在を忘れてしまった。後で数えてみると中に入っていた蛤の数は何と五ケのみ。奪い合いながら家族で食べた後は丁寧に水洗いし娘の砂場用品の中に入れてあげた。大きさは大サービスで測って四センチと言った所。とりあえず手に入った貝に娘は満足するどころか、むしろ不快そうな顔を浮かべていた。

「小さすぎる。これじゃ泥団子を乗せられないよ」
「分かったわよ。じゃ」

 後日スーパーで北海道産のホタテを買ってきて、中身を食べた後丹念に洗い娘に渡した。十センチを超える貝殻に娘は大喜び。早速宝物の泥団子を貝の上に乗せ、満足げである。

「そう。ママこれよ。これが欲しかったの」

 千葉まで行く事無かったか。しかし果たしてあの大きな蛤の貝は一体何だったのだろうか。観光潮干狩り場では金の蛤がいくつか投げ込まれており、見つけた人は商品が貰えるとパンフレットに書かれていたが、それとは全く関係無い。

 やはり結論としては、誰かが魚屋さんで大きな蛤を買い、浜辺でバーベキューをして食べた残骸であったのでは無いかと思う。公園に寂しく残された貝のいくつかを手に取ってみると端に少し黒い焦げ目が見えた。現場の九十九里浜に行って見なければ真実は見つからないかもしれないが、その可能性は非常に高いと思う。

「次はバーベキューもやろうね。ママ」
「そうね。約束よ」

 季節は初夏と呼ぶにはまだ早い時期。子供が産まれて返って活動の幅が広がり、人生が楽しくなってきたなと思う今日この頃なのでした。

[完]


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