ピーマン地獄 最近ママには悩みがあった。それはみきたんが”約束”を守らないと言う事である。 「約束よ。幼稚園に着いたら、必ず年少組の子をあやめ組まで送って行ってあげて」 みきたん自身、年少組の間はずっと年長の子に教室まで送っていって貰っていたのだからこの作業は当然の事であると思う。人間持ちつ、持たれつ。今こそみきたんが人の役と立つ番なのである。 「みきたん。くれぐれもお願いね」 パパとママが声と手を合わせて頼み込み、幼稚園へと送り出す。 結果は幼稚園に着いたとたん、園庭で遊びたい気持ちが先行してしまい、幼稚園に入ったばかりで心細い思いをしている年少さんを教室まで送るのを忘れてしまうようなのである。 「ついついうっかり」 「後で送ろうと思ったんだけど……」 勝率はついに一割を切った。このままではいけない。ママは怒り狂い。一通りみきたんの言い訳を聞いた後、娘にこう冷たく言い放ったのである。 「ママの約束を守れない子は、お菓子無し、ジュース無し、ご飯無し!」 「えーーー」 勿論、幼稚園の制服の着替えも一切手伝わない。みきたんが幼稚園から帰宅し、ガサゴソ一人で何かやっている間、ママは完全無視で相手をしなかった。 「ママこれ……」 一生懸命書いたらしい絵を持って私の元へとやって来る。無論相手はしない 「ごめんね。悪い約束を守れない子の相手は出来ないんだ」 「約束を守らない子に側にいて欲しくはありません」 みきたんは泣き出しそうな気持ちを抑えて、とぼとぼと立ち去って行く。 自分のした事の事の次第が分かったのだろうか、おそらくは理解していないのであろうが、いつまでも約束を守れない子では正直困るのである。みきたんはもう年中さん。世間に対してある程度の責任を持っても良い時期である。 その後、色々と話し合いをした。怒ってばかりでは何も始まらない。結果、みきたんは私にこう切り出した。 「お菓子は無しでいいから。でもご飯だけは無いと辛いから貰えないかな……」 「無しに決まっているでしょ! 約束守れない子は」 「お願い。ご飯だけでいいから!」 結果昨日のみきたんの夕食は嫌いなピーマンの炒め物とムール貝のバター炒めとなった。普段はピーマンを見えないようミンチに加工して出すのだが、その日は罰としてあえて実物をそのままみきたんの目の前に並べてみました。 「うわー。ピーマンだ」 目を白黒させながらピーマンをほうばる。「食べなくていいよ」と言うとご飯を無しにされては大変! と「美味しいよ。みき大丈夫だよ」返事をしてきた。何度も冷たいお茶をお代わりし、味を誤魔化してご飯を食べて行く。まだお茶で食べ物を流し込むと言う技が出来ないので、食べ物はいつまで経っても口の中に残ってしまう。 「まだ終らないよー でもがんばるから大丈夫」 飲み込めないピーマンの欠片を口の中に転がしながら、ひたすらに噛み続ける。言った事は守ると言う姿勢が中々宜しかった。 「ママ。もし明日ママの約束を守って、あやめ組まで送ってあげたら、みきの 好きな物が出る?」 「何でも出るわよ。約束を守ればね」 「ケーキも?」 「お菓子も?」 「大根サラダも???」 「何でも作ってあげるわよ」 とママは返事をした。「明日は任しておいて。絶対あやめ組まで送るから」とみきたんは自信満々返事をして、その日の夕食の時間は終ったのでした。 翌日、みきたんはやはりあやめ組まで年少さんを送る事はできませんでした。 流石に材料不足と言う事もあり、二日連続ピーマン地獄ではありませんでしたが、悪い事をしたなと自覚している娘にとっては、それはどんな内容であっても、それなりにきつい夕食であったようです。 「忘れてしまうのよ。みきは」 一時間以上。冷える廊下で正座をして娘とトコトン話し合いました。結局の所三十分以上経ってから効力を成す約束については四歳児にとっては無理と言う事のようなのです。 「判った。じゃ。対策を考えます」 ママが考えた対策はこうだ。 幼稚園バスを降りる際、先生に 「みきちゃん。あやめ組までお願いね」 と声をかけてもらおうと思ったのだ。みきたんはママとの約束を守らなくてはいけないことは、もう重々理解している声さえかけて貰えれば、何とかなるはずなのである。 念の為に、送ってもらう年少の子供にも「みきちゃん年少組まで送ってね」と声をかけてくれるようにお願いする。こちらは三歳児だから、三十分以上経過する約束を守れるかどうかは微妙だがとにかく昨日は先生に対して上記のような内容の手紙を書いたのだ。 「今日は大丈夫! 大丈夫だよね!」 とみきたんを送り出す。バスを乗る際も先生に頭を下げて 「声をかけてください。あやめ組まで送るように」 お願いをした。これで駄目なら諦めよう。ママはもうそんな気持ちであった。 かくしてその日のお昼過ぎ幼稚園バスは帰ってきた。みきたんのすまなそうな顔。顔を見ただけで結果がわかった。 「忘れてしまったんだ」 「そう。先生もしおんちゃんも教えてくれなかった」 お昼を食べながら、教えてくれなかった人たちに対して怒りをぶちまけるみきたん。うーん。それはまた違うと思うのだけれど…… 翌日先生から電話がかかってきて、以下のような回答が返って来た。どうやら幼稚園側にも今回の約束については色々と事情があったようである。 「みきちゃんと、しおんちゃんの昇降口が違うんですよ だからしおんちゃんは、別の年長のお姉さんに 送ってもらうようにお願いしています。 それは決して、みきちゃんが役に立たないとか 信用できないとか言う事では無くて バスを降りてすぐに靴を履き替える場所が離れているので 片方を待たせて連れて行くというのは やはりあまり良く無いと思いますし 他にも年長のお姉さんが居ますので、 みきちゃんに無理をしてもらう事は無いかと思い 現在はあえて声をかけないでいるのです」 本日はバスを降りてもママとの約束を覚えていたらしく、先生が「送らなくていいよ」と言っても泣いて、「ママの約束。私はあやめ組まで送らなくてはいけない!」と言う事を全然聞かなかったようである。 「あのね。今日は先生がやらなくて良いって言ったの。そう言うのって困るよね」 やらなくてもいい。今更そう言われてもみきたんの気持ちはすでに最高潮までヒートアップしており”やるぞ! やるぞ! やるぞ!”と確かに先生が迷惑に感じるほどいきりたっていたのでした。 「私はあやめ組まで送ってあげて、パパにキラキラのお洋服買ってもらうんだ!」 やっぱりそれが目的か!!! みきたんに真実を問いただすと、どうやら最近欲しい洋服があり、パパと「ちゃんとあやめ組まで送っていけるようになったら、買ってあげるよ」と実は裏で約束をしていたようなのです。 ママも怒りまくった関係上、今更「やらなくていいよ」と言う勇気も無く、今はただこの約束が風化する事を心から祈っている状態なのであった。 「早く忘れて……」 「でも大丈夫。明日はちゃんと送るから。ママ今日もピーマン出して良いよ。みきつよいから」 「いやいや。今日はみきたんの大好物のにんじんだよ。さー。お手手を洗っておいで!」 注 現在みきたんに嫌いな物はありません。 ピーマンでも何でも必ず一口は食べます。レモンなども最近はかじるように なってきました。我が家では「何でも一度は挑戦する事」を一つのモットーに がんばっています。嫌いだった海老も最近は食べるようになってきました。 |