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我家里危機雨漏発生!

 今更ながらに思い出してみると、一番最初の事件が起こったのは、秋雨のシトシト降る季節の頃であったように思う。いつも通りに幼稚園へと娘を送り出し寝室の布団を片付ける。判で押したような変わらない朝の習慣。がその日は違っていた。丁度娘の布団の頭の辺りであろうか、靴下を履いた足でたまたまその場所を踏んだとき、足の裏がビチョっと濡れたのである。
「あらあら。今日は畳にオモラシしちゃったのかな。仕方無いわね」
 と、その時は思った。畳の濡れた部分を丁寧にを雑巾でふき取り、洋服ダンスにしまった娘のパジャマを取り出す。こんなに床が濡れてしまっているのだから、さぞかしパジャマのズボンはビチョ濡れになってしまっているであろうか。
「……。あれ?濡れてない」
 原因はオモラシでは無いとすると、一体何なんだろう。そう思い原因を探っていると、唐突に頭上からぽたっと水滴が落ちて来た。まさか……買ったばかりの家なのに! とおそるおそる頭を上げる。丁度エアコンの上あたりの場所であろうか。天井の木枠の辺りから間違いなく数個の水滴が出来、数分おきにではあるが確かに水滴が下へと落ちてきている。これが数ヶ月に及ぶ雨漏り事件発生の瞬間であった。
「この家は三十五年ローンで買ったのよ!どうしてくれるの!」
 頭の中ではこの事件が発生した事により、家の価値が落ちてしまう事のショックで一杯であった。何とかしなければ。冷静になろう。その日は土曜日で完全週休二日制の旦那は運良く家にいた。事情を説明して、雨漏りの現場を見てもらう。ローンの実際の債務者である旦那の目は引きつり、いつ爆発してもおかしくない状態であった。
「直すしかないだろう。工務店に電話して明日でも来てもらえ」
「違う。まずは不動産屋に電話をする」
「どうしてだ?買った後だからもう関係ないだろう」
「まずこの家を売った売主に直してくれるかどうか交渉をする。そしてその後はこの家についている十年保証の内容で直してもらえるかどうか、建築会社へと確認。確か雨漏りは十年間は無料で直してもらえるはず。両方とも駄目だったら今度は火災保険の会社へ連絡をする。うちは三十五年間雨漏りや壁の破損を保証してくれる保険に入っているのよ」
「何だか手順がややこしいな。俺良く分からんからお前連絡してくれるか」
「分かった」

 不動産屋との付き合いは買った後から又新しく始まる。現在住んでいる家を購入する際は相当悩み考えた。紆余曲折縁あって、結局選んだのは築一年の中古住宅物件であった。
 家を購入際に一番大切であるのは買える物件である事、次に無理なく返済できるローン金額である事などであろうが、目に良く見える金額等の部分以外にも非常に重要な事がある。それは購入後のメンテナンスについてである。
 通常マンションなどにおいては、月々数万円づつ積み立てを行い、将来において修繕の必要が発生した場合はその金額を割り当てると言ったシステムが必ず構築されているが、一戸建ての場合はそうはいかない。しかし国の法律の改正により2001年以後は家について特定の条項については保証協会が十年間家の性能を保証しなくてはならないと言う事が明確に規定された。これは欠陥住宅と呼ばれる粗悪住宅が多く建てられた事に対する国の対応であるようだが、その法案が出来る前に作られた建物については、建築メーカー側の規定で住宅保証をしていたに過ぎず、一番最初の家主が転売をしてしまえば、そうした保証が無くなってしまうのが普通であった。
 しかし無論例外もあった。そうした契約の存在を知り、中古物件購入の際建物に付いている保証書の名義を書き換える事も可能である事があるのだ。実際に私が購入をした際も保証の面については何度も確認を行い、足を不動産屋へと運んだ。
 不動産屋は”買える客””買う意思のある人間”に対しては余程酷い条件でなければ話を聞いてくれる。家は買って終りでは決して無いのである。

「もう瑕疵担保期限の三ヶ月が経過していますから、前の売主さんに直してもらう事は不可能です」
 やはりそうであったか、と不動産屋にかけた電話を切る。では次の手段だ、と金庫にしまっていた家の保証書へと手を伸ばす。本当にこの紙一枚がこの家を守ってくれるのだろうか。ドキドキとしながら裏に書かれていた番号へと電話をかけた。
「モシモシ。御社から家を購入した者なのですが、今保証書を見て電話をかけているのですけれども」
「はい、何かありましたか?」
「あのですね。雨漏りが起こりまして困っているのですが……」
「雨漏り。分かりました住所と電話番号をお願い致します」
「はい、住所は……」

 想像していたよりも、すんなりと用件は伝えられた。かくして翌日住宅を建てたA社の担当者が家へとやって来た。濡れた天井とその上にあるベランダを視察する。A社に原因があるのか、家を使用していた方に原因があるのか、責任の所在を追求する目は本気である。ベランダから水を流してみたり、下の壁紙の一部をはがしてみたり、そう簡単すぐに結論を出そうとはしなかった。
「ベランダの防水シートの一部が破れていました。今日は簡単な補修をしておきますが、水が染みた天井、壁紙、障子、木枠などは後日全て交換致します」
「あの……費用については」
 原因が分かることは一歩前進なのだが、次の問題としては責任がどちらにあるのか、とその負担額である。現在ベランダには防水シートが破れないようにと人工芝のシートを置き防水シートが破れないように対処している。もしかしたらそれが逆に悪かったのでは無いかもしれないのだ
「費用は必要ありません。雨漏りに関しては十年間保証する事になっておりますので」
「そうですか、分かりました」
「着工日が決まりましたら又ご連絡致します。壁紙なども選んで頂く必要がありますので」
 
 雨漏りがこれで直る。やれやれ。そう安心したのがまずかった。一週間経っても二週間経ってもA社から連絡がかかってこなかったのである。そして再び事件が起こった。仮補修した部分から再び雨漏りが始まったのである。今回は前回の比にならない程の大量の雨粒が部屋を覆い尽くしている。パニックを起こし、慌ててA社へ電話を入れた。

「すみません!雨漏りが更に酷くなったのですが」
「分かりました。本日すぐ何らかの対応を致します」
 相変わらず言葉だけは頼もしい。結局その日の夕方下請け会社の人と思しき人からの電話がかかってきた。
「すいませーん。住所教えて下さい」
「住所? ですか」
 それも一度や二度でも、一人や二人だけからでも無かった。二人以上の人間が何度も何度も些細な事で電話をかけてくる。仕事をしながらの対応なので、正直大分迷惑になってきてしまった。
「誰かそちらにもう行ってます?」
「三棟現場って言われたんですけど、そこですよね」
 携帯電話の功罪。返答を重ねる度に段々いい加減な業者の対応に対して怒りを覚えるようになってきた。
「何回も何回も同じ事を聞いてきて何をやっているんですか? さっきも他の方から同じような電話がありましたよ」
「はいはい」

 真剣味が無い。数時間後約束どおり一人の作業員が家へとやって来た。日はとっぷりと落ち、外は真っ暗である。
「すみません。懐中電灯ありますか?」
 ベタベタと灰色のパテとガムテープで問題個所を固定する。最終的には元通り綺麗にするので心配ないと言うが、現段階では子供が砂遊びをした後のようにぼろぼろになってしまっている。一時間も経たずして作業は終了。家の内側の木枠にも不恰好にガムテープが張られた。全てがのんびりとした展開。完全補修が終わる日それは一体いつになるのだろう。
 数日後濡れてしまった壁紙のサンプルが届けられた。痛んでしまったのは一面だけであるが、同じ柄の物は廃版となってしまっている為全面交換する事になるのだと言う。悩んだ末に種類を決定したが、その壁紙が入荷するまで二週間以上かかると言う。この時点で既に雨漏りが発生して一ヶ月以上が経過してしまっていた。
 高校を卒業してから、ずっと大工の仕事をしている友人に今回の事件について経過を説明し、意見を聞くとどうやらこうして”材料を取っているから””臨時処置だけをして、本作業は後で”と言う事は引き伸ばし対策の為によくやられる事なのだという。雨漏りなどのように突然入ってくる予定にたいして、責任者でない下請け作業員の対応はルーズであるのは自己防衛の一つとして残念ながら定着しているようなのである。
 
 壁紙を選択したきっちり二週間後、本工事が着工された。その日は朝早くから家中にシートがひかれ、腐食していた天井の壁紙をはずす事から作業は始まった。仕事の合間を見て作業に立ち会ったが見かけ以上に壁の内部は痛んでおり、窓の木枠の内側は全体的に黒いカビですっかり覆われていた。しかし、作業員の動作に迷いは無い。この位のカビは普通に起こりうる程度の物であるようだ。
 しかし、カビ以上に衝撃的であったのはその除菌用に使用されていた洗剤である。実際我が家でもカーテンの除菌用に使用してる”ファブリーズ”を壁の表面に振り掛けるだけで除菌が終了したと言うのである。除菌をするとは聞いていたが、よもやファブリーズを使用するとは思わなかった。
 気になり自宅にあったファブリーズのパッケージを読んでみると用途は布製品と書かれておりそれ以外の用途には使用しないようにとかかれている。不安が重なる。午後となり新しい壁紙の張替えが始まったがものの、うっかり目を話すととんでも無い事を勝手に判断しはじめていた。
「エアコンなんて、普段はずしたりしないですよね」
「それはまあ、そうですが」
 エアコンによって塞がれている部分には壁紙を張らず、無理やりエアコンの隙間に壁紙を押し込んでいたのである。「エアコンをはずして、綺麗に張ってください」と言いたかったが、その時はどうしても強く言う事が出来なかった。
「あ、入り口部分の壁紙が足りない。この部分だけそのままと言うわけには」
「それだけはやめてください」
 部屋の壁面に二種類の壁紙が存在しても良いかと聞くのはあまりにも非常識だと思った。止む無くその作業は翌日以降に延期される事となった。
 その夜旦那にそれまでの経過を説明し、A社に改めてクレームを出して貰う事にした。知識だけではこの事件は解決しない。最終的には理屈とは別の力がどうしても必要になるようである。
「分かった。俺が明日電話しておくから」
「お願いします」
 
 その後旦那の罵声が効いたのか、翌日はエアコンをきちんとはずし壁紙を取り替えてくれた。壁紙がそんなに早く手に入るのであれば、もっと早く直してくれればいいのに……と思いはしたが、ようやく作業は完了した。最後は特に報告書がある訳では無く、「ありがとうございました」と玄関口で言われただけであった。後日報告書の提出についてお願いすると、慣習的にその様なものは提出していないとの回答であった。

 今回の事件だけで、現在私が住んでいる家を”欠陥住宅”であると断定するのは間違っていると思う。その後再び今度はお風呂の排水口へと繋がる配水管の長さが足りなかった為、雨漏りが発生すると言う事件が発生したが、先だっての経験が役に立ち、大事に至る前に解決する事が出来た。雨漏りはどの家でも起こる事件なのである。決して「我が家は大丈夫」などと盲信するのは間違っていると思う。特に新築住宅である場合は大雨が降った場合は家の中をぐるっと回る位の心遣いはあっても決しておかしくないと思う。天井に出来た茶色い染み、襖の奇妙なたるみ、障子の汚れなど、雨漏りのシグナルは最初は良く見なければ見つけることが出来ない。家は生きているのである。時折面倒を見てあげなければ決して長く使う事は出来ない。それをつくづくと思い知った事件でした。最後に重要点として箇条書きにすると以下となります。是非ご参考に。家は傷んだら補修すればいい。ただそれだけの事なのですから。

雨漏りの心得五か条

・早期発見、早期補修を常に心がける事
・原因箇所修正の際は必ず立ち会う事。出来れば男性が好ましい
・自分の家が破損した場合、どこに連絡すれば良いかを必ず確認しておくこと
 (購入前であれば、メンテナンスについて必ず明確にしておく事)
・我が家は絶対に大丈夫と思わない事。雨漏りはよく起こる事件である
・諦めずに、安心せずに最後まで戦い抜く事

[完]  
 

 





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