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大いなる誤解

 そもそもの話は三日程前に遡る。その日は丁度娘の幼稚園参観があった為、娘は珍しく早く起きた。と言うよりも、ただ何時も通り起きただけの事なのだけれど、その日はいつも娘よりも朝早く出かけてしまうパパに会うことが出来たのである。
 早く起きればとパパに朝から会える(正確にはその日は会社はお休みしていた)早く起きさえすれば、パパは会社に行かないで一日私と遊んでくれる。とその日から娘は大きな勘違いを始めた。寝る前に”明日は早く起きる”と力拳を握っているのだけれど、昨日も結局寝坊をして、「パパが居ない!ママが居ない!」と朝からやっぱり大泣き。そして今日も・・・朝から蜂に刺されたかのように泣く、泣く、泣く。真っ赤な顔は猿のようである
「いいかげんにしなさい!」
 前日から旦那と喧嘩をしていたので、私はかなりイライラしていたのである。昔は機嫌が悪い時は口の縁の辺りがピクピク動く程度であったのが、最近は声質が全然違う。よくもまあこんなに意地の悪い声が出る物だと自分で思う程、意識もしないのに、低く恐ろしい声が出る。本気で怒っている。それを敏感に察知した娘は大人しくご飯を食べ始めるかと思いきや、自分の茶碗を見てぼそっとこう呟いた
「納豆が少ない」
「今日は新しい卵が無いの。それで我慢しなさい」
「みき少ないのはいや!」
 普段は納豆の中に卵を入れ、分量を増やして食べていたのだが今日はたまたま新しい卵を切らしていた事とお弁当に卵を入れる為、アレルギー体質の娘が一日何度も卵を口にする事は良くない事であろうと思ったのである。それでも「少ない、少ない」
と泣きながら連呼を連呼を続ける。
「はい、じゃママ納豆要らないから、みきが全部食べなさい」
 私は乱暴に自分の茶碗によそった納豆を全て娘の茶碗へかけ入れ、無言でご飯を食べた。これ以上騒ぐのは得策では無いと思ったか、娘は「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟きながら一人ご飯を食べ始めた。私は早々に朝食を終え、娘のお弁当を仕上げる。本日は”愛情弁当の日”と言われ、月に一度だけお弁当を持っていく日なのである。
「トイレに行きたいな・・・でもみきはひとりで行かれるから」
 怒っているので振り向きも、返事さえもしない。五分程しても娘が戻ってこない。さすがに心配になって、朝からうんちかな?と思い見に行くと既にトイレを終え、トイレットペーパーでお尻を拭いている娘の姿があった。
「うんちだったの?早く戻ってご飯を食べなさい」
「はい」
 とぼとぼと場を立ち去る娘。しかしその立ち去った後に大変な物が飛び散っていた。うんちである。豆粒ほどの茶色いうんちがトイレ中、あちらこちらに転がっているでは無いか!
「みきちゃん!うわああ。ダメだようんちこんなに飛ばしちゃ!」
 こんな事は始めての事では無い。子供はお尻を拭く前に便座を立つので、時折お尻の最後に残っていたウンチが、結構な回数コロコロ転がっている事があるのである。慌ててトイレットペーパーで異物を取り除く。かなりの数である。こんなにコロコロ
であると言うことは野菜が足りないのであろうか?頭を傾げながら、最後は除菌シートでトイレ全体を拭く。娘は心配そうに私を見つめていた。
「ママ。それうんちじゃ無いんだけど」
「うんちじゃ無い?だってこれは・・・」
 娘に指摘され、床にまだまだ落ちていた異物を良く見た。あ、これは
「納豆だ。あー。ママびっくりした。食べかけのが落っこちただけか」
「そういうこと、やだなーママ。間違えちゃった?」
「ちょこっとだけ。ごめんなさい」
 ホノボノとした空気がようやく家の中を流れる。思わず苦笑いをして、私は娘の目を見た。
「ごめん。ママちょっとイライラしていた。疲れているのかも」
「いいのよ。じゃ、ご飯一緒に食べましょ」
 こうして今日も一日が始まって行く。子供を教えなくてはいけない立場になったけれど、まだまだ修行が足りないな、と思う今日この頃なのでした。
「朝からしっかり眼鏡かけるようにしないと。うっかり間違えちゃうわね」

[完]


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