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勝沼

「ともこちゃん、葡萄狩りに行ってきたんだー」

何度電話しても居ない弟に電話がつながったとたん、弟は屈託も無くこう答えて来た。あまりにも唐突であった為、記憶がふっと吹っ飛び、何の用事で電話をしたのかを忘れてしまった。「後で思い出したら又かけるから・・・」と電話を切ろうとすると、

「生まれて始めて実家に物送っちゃったよー。葡萄なんだけど喜んでいるかなー」

弟は今年就職し、一人暮らしを始めたのである。思い出した。最近弟の彼女がトラブルに合い、困っているとの話だったので、それが解決したかどうか聞きたかったのである。

「別に、無事解決したよ。今日も彼女と葡萄狩りに行ってきたんだ。え?ともこちゃん葡萄狩り行ったこと無いの?簡単だよ。甲州方面に行って適当にインターを降りれば星の数程葡萄狩りの出来る所があるから」
「ふーん」

弟の脳天気さに少々頭痛を覚えながらも、ガチャンと電話を切った後、そう言えば最近遠出をしていなかった事に気が付く。葡萄狩りか、娘も喜ぶかなと想像しつつ、カレンダーの予定表を確認した。来週末、特に予定は入っていない。遠出は旦那が嫌がるのだが、ちょっと頑張って出かけてみようか。

そう思い窓の外を見ると、台風が近づいて来ているせいか酷い雨が激しく窓に吹き付けて来ている。年を取ると腰が重くなる。「桃狩りだったらもっと乗り気になるんだけどな・・・」などと言いつつ、その週末、家族3人、旅行ガイドすら用意せず、普段スーパーの往復にしか使用していない疲れたパジェロミニに乗り込んだのでした。娘は久々のお出かけに大喜び。旦那は・・・週末くらいゆっくり休ませて欲しい、いい加減な情報で振り回さないで欲しい、とばかり不機嫌な顔をしていました。

「ま、とりあえず中央線に向けて出発!」

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8月の最終週、小学生や中学生にとって、夏休みの最後の週末であったからであろうか。中央線の相模湖インターまでの道のりはどこも渋滞しており、到着するまで偉い苦労であった。

途中、途中コンビニなどで休憩を取り、ノンビリお茶を飲みながら目的地を目指す。自宅のある大和市から相模湖インターまで、混んでいなければ、1時間程度の行程であろうか。それが既に2時間を経過している。本当は目的地に到着してからノンビリ美味しい蕎麦でも食べたい所であったが、3歳の娘が暴れ回り、それを許してくれない。高速に乗ったとたん、昼食と相成った。

「サービスエリアも混んでるな」

実際、談合坂サービスエリアに入るのも、出るのにもたったそれだけの事で数十分単位で時間がかかってしまった。昼食は手作りパン屋さんでも美味しいと噂の”リトルマーメード”のパンで済ませる。パパはヒレカツ・サンドイッチ、娘はふわふわチーズドーナッツとクリームパンである。

「おいしい!」

最近巷では、こうした”ふわふわ”系のドーナッツが密かなブームなのである。どこのお店に行っても普通のドーナッツとは一線を画して置かれている事が多い。素材に何を使用しているのかは不明だが、ドーナッツを噛んだときの感触が明らかに普通のドーナッツと違い、むちっ、ふわっとしているのが大きな特徴である。値段も一口サイズのもので、30-60円と以外と値が張る。残ったドーナッツは丁寧にバックにしまい、更に北を、北を目指す。

「あと1時間も経てば到着よ!」

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サービスエリアで貰った地図を頼りに、目的地を決定する。弟は”甲府”としか言っていなかった。名前からすると”甲府南IC””甲府昭和IC”が存在する。一体どちらで降りれば良いのだろうか・・・すると旦那がその手前の”勝沼”で降りようと言う。言われてみると勝沼は桃や葡萄の産地である。そう、確かゲームで・・・

「桃鉄で確かそう。葡萄畑あったよね!」

農地であれば、利率は悪いけれど、ボンビーに売られないで済むし・・・と数年前にやったゲームを根拠にして良いのかどうか、しかしこういう”いい加減な旅”に確たる根拠は要らないのである。画して談合坂サービスエリアから5つ目のインターチェンジ”勝沼”の料金支払所に到着した。料金は1100円、思ったよりお金はかからない。後ろに車が並んでいなかったのを良いことに、インターのおじさんに質問をぶつける。

「すみませんーこの辺に葡萄狩りとか桃狩り出来るところありますか???」

「そんなもんは知るか!!!」という返事が返ってくると思いきや、慣れた手つきでインターのおじさんは1枚のパンフレットを渡してくれた。「このインターを降りて、すぐ左側の方に行くと沢山ありますから」慌ててインターを出、少し離れた所に車を止める。”勝沼町 ぶどう郷散策マップ”とある。

「こんなに沢山葡萄狩りが出来る所があるんだ!」

弟の話は嘘ではなかった。嘘であったら、自宅に戻った後どのようなイヤミを言ってやろうかと思っていたのだが、運の良いことである。葡萄園の数は130軒を優に越え、ワイナリーの数も30を越える数が紹介されている。「でもこれじゃ、どこがいいか分からないね・・・」そんな心配を余所に、インターを降り、”ぶどう街道”に入ったとたん、熱海の海の家の勧誘の如く、おじさん、おばさんが手を振り、勧誘をしている姿が目に映った。

「美味しいよー休憩してってー」
「葡萄狩り入場料無料だよーーー」

混乱は更に増すばかり、「どこにしよう。どこにしよう」すると女性を中心にした葡萄園の客引きのおばあさんの姿が目に付いた、どちらかと言うと男性ばかりの葡萄園より、女性が多い葡萄園の方が安心出来ると思うのは気のせいであるか。(少なくとも強烈な売り込みは少ないであろう)車を止め、

「桃狩り出来ますかー」

と聞く。返ってきた返事は

「できますよー。こっち止めてー」

であった。安心して車を農園のエリアに入れ、指定された場所に停止させる。しかしその後とんでもない事態が我々を襲うのであった。

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車を降りてすぐ、席を勧められ、進められるままに巨峰やデラウエアを頂く。取れたての果実は本当に美味しい。娘も器用にデラウエアの皮を取っては口の中に運ぶ。翡翠色の甘い果実はお菓子よりも甘いのでは無いかと思う。農園主のおじさんの説明によると、巨峰はここから少し離れた畑に取りに行き、デラウエアはこのすぐ下の畑で簡単に取ることが出来るのだという。巨峰は1k1500円、デラウエアは700円であり、特に入場料は存在せず、取ったら取っただけ買い取るというシステムであるのだという。

しかし桃の説明が出てこない???通りがかりのおばさんを捕まえ、「桃狩りも出来ると聞いたのですが・・・」と聞くと

「ごめんなさいね、桃狩りはもう終わってしまったの」
「でも、、、入り口で桃狩りも出来ると言われたんですけど・・・」
「ごめんなさいね、おばあちゃん耳が遠くて・・・」

後ろを振り返って、客引きをしているおばあちゃんを見ると、背中はぴんと伸びており、他のおばさんたちがノンビリ・ノンビリ仕事をしているのに比べ、せわしなくあせくせ・あせくせ手を振っている。どう見ても悪意があるようには見えない。おばあちゃんは客引きに一生懸命でお客の要望を聞く余裕が無いだけなのだ。

「分かりました。じゃ、葡萄狩りだけでいいです」
「あ、でもちょっと待っていて下さいね」

暫く待っていると、「取れたてでは無いのだけれど・・・」と言いつつ桃を持ってきて、切り分けてくれた。大人の拳よりも大きな桃はやはり産地、非常に甘く美味であった。桃を見つけた娘はデラウエアの皿を旦那に押しつけ、自分の目の前に桃の皿を引き寄せ、独り占めし食べ始めてしまった。さて、長居も迷惑だろうから、と農園主にお願いし葡萄畑へ連れていって貰う。畑は段々にいくつものパートに別れており、当然の事ながら畑毎に持ち主が違うのだという。

「こっちの畑は駄目、大きくしすぎちゃってこれじゃ全然甘くない」

話によると、わざわざ甘くするために、7月に100人程のパートのおばさんを頼み、葡萄の房を割り箸の長さ程度に切り揃えているのだという。

「全く、60-80歳のばあさん達に一日一万の日当が付くんだから、この辺では良いバイトだよ。毎日弁当を持ってきて元気にやっているからいいけれど・・・」

農園主は値切りたいのだが、値切れないのだというような苦悩の表情をしていた。それは正解である。パートのおばさんにたてついてろくな事が起こらないのは、東京でも勝沼でも同じ事であろう。一度おばさん達を敵に回すと、一体どんな恐ろしい事が起こるかは想像の範疇を大きく越える事が多い。

葡萄は大きく育てる事はいくらでも大きく育てられるが、それでは全然甘さが違うのだという。農園主のこだわりを聞きつつ、「これが甘そう」「これがいいかな」と言いつつ3房程つみとった。今年は一房500gを目標に作ったと言うから、これで1キロ半ほどの重さになるはずである。

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デラウエアも近くの畑で無事つみとり、計量して貰う。葡萄の甘さ故か蚊が非常に多い。掻くと跡になるので、掻かぬよう気を付けながら、陳列されている桃を見ながら待っていると、客寄せをしていたおばあさんが近寄って来た。

「桃が欲しいのかい?もってくかい?」
「いえ、いいです。1箱2000円じゃちょっと手が出ないですー」

先ほど間違ってしまった事を言った事を謝りに来たのかと思いきや、その次におばあさんの口から出た言葉は、主婦ならだれでも揺らいでしまうような魅力的な言葉であった。

「1ヶ100円でいいよ!こっちにおいで!」
「本当ですか!」

一番最初におばあさんに騙されたことは忘れて、店の裏側に回る。コソコソ・コソコソ。おばあさんのその怪しげな動きは旦那を含めお店の人の目に留まったらしく、気持ち的には隠れてやっているのにも関わらず数人の人が集まってきてしまった。

「ともこ何やってるんだ!」
「いや、おばあさんが桃を安く分けてくれるっていうから・・・」

お店の人も集まってきた。このままでは桃が手に入らなくなってしまう!と思いきや、お店のおばさん達は非常に柔らかい人たちであった。農園主のおじさんが葡萄園に出かけて行ってしまっているのを目で確認してから、

「先ほど悪いことしちゃったしね。農園主のおじさんにみつかると五月蠅いから、いくつ欲しい?」
「4ケ!!!」

本当は10ケと言いたかったのだが、2ー3日しかもたないと言われたので、欲を抑えつつ、いそいそと桃の入った箱を受け取る。先ほど食べた桃とは比べようもないくらい大きい桃が4つ入ったその箱は調合したてのアロマオイルの様な香りがする。一応左右を見回しながら、車に葡萄を含めそれらの荷物を積み込む。はっと気が付くと、入り口に農園主の車が到着したのが見える。

「じゃ、お邪魔しましたー又機会がありましたら遊びに来ます!!!」

おばあちゃんの先導で車が来ていないのを自分の目で確認しながら公道に出る。後は家に帰るだけである。片道4時間かかったが、農園に居たのは気が付くと1時間強という時間だけであった。

「面白かったね!次は林檎狩りに行きたいな!」

戦果を確認しながらそう娘と盛り上がる。運転をする旦那は返事をしてくれない。かくして葡萄狩りは無事終わり、家路へついたのでした。

「林檎狩りーーーー行くぞーーー」

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今回は意趣を変え、旅行記にしてみました。如何だったでしょうか。
次回は又趣向を変えて書評をお送りしたいと思います。どうぞお楽しみに!













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