テルテル坊主

 子供達にとって、夏と言えばプールである。

 しかし雨が降ると入れない。我が家の五歳になる娘は今年完全に「プール運」に見放され、カレンダーに予定は入るのだが、幼稚園のプールに一度も入って居なかった。

「又雨だ!」

 朝、雨である事に気がついた娘は大慌てでティッシュを大量に丸め臨時の「テルテル坊主」を作成するが、無論もう間に合わない。シトシトと降る雨は残酷にも子供達の希望を打ち砕いて行く。もう年長さんにもなると、雨が降ると気温が下がり水が冷たくなるので、例えプールに屋根がついていても入れない事を理解しているのだ。これは何とかしなくてはならない。二日後にプールの予定を控えた夜、娘は立ち上がった。

「ママ! てるてる坊主を作るわよ! 布で出来た素敵なやつ」

 当日に願をかけても効力は薄いと理解したらしい。娘は私の手芸用ハギレの中からより効力のありそうな? おジャ魔女どれみの布地を選び出した。表地は派手な模様が印刷されているので、裏地が表に出るように古布を詰め油性ペンで笑顔の顔を書き込んで行く。そのままでは頭が垂れ下がったてるてる坊主になってしまうので、頭上部分に別途吊り下げ用の紐を付ける。準備オッケー。娘は外と中にテルテル坊主用の吊り下げ場を設置し、朝を待った。

 テルテル坊主と言うと、名前からしてお坊さんが神通力? でもって晴天を呼ぶのではないかとも思われるが、どうやらこれは掃除をする少女を模した物であると言う。丸い頭にヒラヒラ広がる布地は女の子のスカートを意味しているのだ。本格版のテルテル坊主は手に箒を持っており、その箒で雨雲を払い、雨をやませる力がある? のだと言う。

「大丈夫。あたしのテルテル坊主には力があるから。ホウキなんてつけなくても」

 翌朝は驚くほどの晴天。
 娘はテルテル坊主を振り回し、奇声を上げながら喜んだ。これなら大丈夫! 明日も晴れる筈! ひとしきり騒いだ後、テルテル坊主を定位置に戻し娘は幼稚園へと出かけて行った。翌日、本当に晴れるのだろうか? 

 ザーザーザー……

 翌朝は残念ながら雨。これではプールに入れない。 
 怒り狂った娘はハギレ置き場に翔けて行った。これは駄目だ新しいテルテル坊主を作らなくては! と本能的に思ったらしい。ハギレの中でも一番大きな一メートル四方の布地を選択し、これでもか、これでもかと中身をパンパンに詰める。大きいテルテル坊主の方が力が強い? と思って居るのだろうか。

「ママ、みきの前髪を切って?」
「え、切ってどうするの?」
「髪の毛をテルテル坊主に詰めるの! これでテルテル坊主にみきの強い力が入って、雨にならない筈よ!」

 これまた呪術的な要素が強くなって来た。一体どこからそんな知識を。分らない。ともあれ拒否すると又後が怖いので、お義理程度に前髪を切り、髪に包んで渡す。娘はそれを大切そうにテルテル坊主の中に詰め、タコ糸できっちりと縛った。

「雨よ止め!!!」

 竹の棒の先にテルテル坊主をつけ、「はーはーはー」と声を上げながら外に向って必死に振る。振る。振る。効果は……現れよう筈も無く、娘は窓に向ってがっくりと肩を落とした。「負けた……」。がっくりとした表情は非常に不憫ではあるが、出来れば外から見える窓際ではやって欲しくないと思った。

「お前の説は間違ってるよ。大体テルテル坊主は江戸時代頃からもあったんだから。スカートの訳無いだろ」
「要するに着物の裾部分だと言いたいんでしょ。でもね今の子供にそんな事説明して分かると思う? 分り易く意訳してあげないと」

 雨が降り続いたある日。魔力が弱いのでは? と判断した娘は今度テルテル坊主のドレスを作り寝食を共にするようになっていた。「テルテル坊主が役に立たない」と言った内容を旦那が言おう物なら目をきつくして、睨みつける事を忘れない。私が大事にテルテル坊主を育ててあげれば、きっと力を貸してくれる。娘は本当にそう信じているのだ。

「残念だったねえ。今年は新しい水着も買ったのに、もしかしたら一回もプールできないかもね」
「大丈夫、今日幼稚園から帰ってきたらもーっと大きなテルテル坊主作るから!」

 もう止めて欲しい……

 我が家の玄関先には徐々に巨大化するテルテル坊主が、今日もまた数を増やし並んでいる。合計いくつでプールに入れるんだろう? その後結局今年は一度もプールに入る事が出来なかった事はテルテル坊主の成果として、ここに記録しておきたいと思う。