世界一のジャンパニスト

 今月末を持って第二子出産を終え早半年が過ぎた。
 一人目の時と比べ時間の過ぎ去るスピードは思いの他早く、トラブルも少ないような気がする。

 勿怪の懸案事項であった体重は二ヶ月前に元に戻り、現在は元の体重マイナス五百グラムを突破し体型はほぼ元に戻って来た。出産後に一番戻らないのは胸からウエストにかけてのアンダーバストとヒップラインでは無いだろうか。最近の統計結果では出産によりウエストは平均で三センチ以上大きくなり固定してしまうのが普通であると発表されていた。かく言う私は第一子出産の際はこのアンダーバストの部分が五センチも伸び固定してしまった……今回はかなり体型保持には気を使い、メンテナンスを繰り返したお陰か中々満足の仕上がりである。ウエストラインを強調させたミニスカートをはいても下腹部は補正下着無しですっと真っ直ぐ引き締まっており、その辺の女子大生と比べても決して遜色は無い。

「私もまだまだイケル!」

 これなら夏はビキニを着て娘と海に行かれそうである。

 体型に関係なく色々な服を着られるというのは人間にとって幸せな事であると思う。しかし私が知る限り、お金を大量に持っているのにも関わらず、公式の場にいつも地味なジャンーパーを着続けている人物が居る。

「金正日総書記は国民全てが幸せになるその日まで古いジャンパーを着続けると言っていますので、国民はくれぐれも新しい生地など送って来ないように」

 拉致疑惑によりワイドショーに頻発に登場するようになった金正日総書記。金正日は何故いつもジャンパー姿なのだろうか。本当に生地など送っている人が居るのだろうか。普段着のように公式の場で着ているベージュ色のジャンバーはすっかり金正日のトレードマークと化している。何故ジャンバー? テレビにその姿が映し出される度に私は頭を傾げてしまった。

「金委員長は人民服とジャンバーをよく着る。その理由は素朴に見えるためだ」

 脱北した元軍幹部はその理由をこう語る。
 確かにキンキラキンのステージ衣装を着るよりは真面目そうに見えるような気がする。しかし真面目そうに実直そうに見せるのであれば、スーツ若しくは将軍様と呼称されているのだから軍服が良さそうな物だが、こうした服を着ている姿は部屋などに良く飾られている少女漫画のようにデルフォメされた肖像画以外に見た事は無い。

 しかし記録によると少なくとも大学時代までは好んで背広を着て居た事があったと書かれている。青年期から壮年期になるにつれどのような心境の変化があったのだろうか? 大きな心境の変化として考えられるのは、丁度その時期に金正日総書記は父、金日成に次期指導者として指名されている。

 一説には金日成に対し金正日が背広を着るよう促した際、

「私が戦闘服として人民服を人前で着ますので、是非主席は若く見える背広を来て下さい」

 と説得した為、と言う説も捨てきれない。しかし確かにジャンパーの次に金正日総書記がよく着ているのは人民服であるが、あれはどう間違ってもジャンパーでは無い。

「ジャンパーは着やすいし、働くにも便利。ジャンパーは私の気性に合います」
 
 幹部が金正日総書記に背広を着るように勧めた際、笑ってこう答えたと言う記事が北朝鮮政府機関紙・民主朝鮮の二〇〇一年七月五日付号に掲載されていた。

「私は一生、ジャンパーを着続けます!」

 と言う金正日総書記の言葉に幹部は「勲章一つ付けないジャンバーは質素・倹約の象徴であり、これこそ社会主義国家の将軍に相応しい衣装である」と締めくくっていた。

 質素の象徴? 素人が見ても分るように金正日総書記が着ているジャンパーは体型に合わせ作られた特製オートクチュールであり、巷で安く買える大量生産品とは明らかに違い、毛羽立った使い古しのジャンパーを着ている所は見た事が無い。何年も着ているのに常に新品、同じ色合い。でもポケットの位置は微妙に違う。布地はもしかしたら上質な日本製である可能性も否定できない。なぜなら金ファミリーが使用する部材は一号物資と呼ばれ、多くは日本から万景峰号に乗せ調達されているからである。又、ある筋からの情報によるとそれは東京神田で製造されているとも噂されている

 建前云々だけでは答えが中々見つからない。逆説的に考えてみよう。

 私がジャンパーを着る時は寒い時、そして……考えてみれば妊娠していて太っていた時期、普段着ていたコートに肥大化したお腹が入らず、学生時代に着ていた古いジャンパーを着ていたような気がする。ジャンパーを上に着ていると外見かなりごまかしが効き、目から見える下のラインが真っ直ぐになる為、体型が崩れていてもかなり気楽に出かけられたような気がする。もしかしてこれは……

「金正日総書記はとてもお洒落な方です。日々外見をかなり気にされています」

 金正日総書記は妙に長いスラックスを履いている。これはマジックブーツを隠す為であるという説はインターネット上では既に常識となっている。あるサイトではズボンの折れ目具合や人体の体型比率からその長さを十五センチとハジキ出して居た。一説によると金正日総書記がパーマをかけている理由は若い頃は低い身長をサポートする為であり、年を取ってからは少なくなった頭髪をより多く見せる為である。と言われている。

 殊身長については

「父親の金日成と並んで立った時そのままでは必然的に低くなってしまい見劣りがするので、仕方なくマジックブーツを履き続けていたのでは無いか」

 と言う説もあるが、ヒールを普段履き慣れている女の目から見ても、十五センチのヒールを履き生活する事は決して楽な事では無く、履いている本人に確固とした意思と信念が無ければ続かないと思う。金正日総書記は慢性的な運動不足であると言うが、あれだけ高いマジックブーツを履き運動をする事は至難の業であり、見た目を気にするのであれば仕方の無い事であるのかもしれない。

 金正日総書記は北朝鮮の象徴とも言うべき重要人物である。よって健康管理などは国家的プロジェクトとして食生活から生活習慣、排泄物に至るまで厳重に管理される。マイナスイオンが身体に良いと聞けば裏の山から専用のチューブを引き、北朝鮮では滅多に取れないアシカが身体に良いと聞けば、海軍は演習よりも優先順位を上げアシカ確保に全力を尽くす。万が一でも金正日が一番必要としている重要部位に手を付けた場合は即刻死刑であると言う。別段精力絶倫にした所で健康にはあまり関係無いと思うが、「精力こそ若さの証」と真面目に考えているのかもしれない。

 国民一丸となっての奉仕により、見た目肌の色は艶々で壮健そうであり、実年齢よりも若く見える。しかし中身は長らく糖尿病と脂肪肝を患い、決して健康と呼べる身体では無いと言う。原因は若かりし頃年間千本近く高級ブランデーを飲んでいた事では無いかと言われている。回りの人間が必死に健康管理を行おうとも、本人が暴飲暴食を繰り返しては何の意味も無い。亡命を果たした金正日総書記の養女であった人物は「ウンチみたいな体形」と良く自嘲していたと証言している。

 確かに写真でその姿を見る限り特製ジャンバーで誤魔化されて居るが、よくよく確認するまでも無くかなりお腹が出ており、わざわざ証言を引用するまでも無く「ウンチみたいな体形」である事が分る。

 この女性は金正日総書記はこの下腹の膨らみを気にし、毎日欠かさずプールに入りダイエットに勤しむ事に余念が無かったと別の機会でも証言している。お洒落をする事よりも、下腹を隠す事の方が金正日総書記にとっては重要事項であるのだろうか? 真偽の程は不明だが、運動不足を補う為に現在は執務空間のあちこちに階段が設けられ、一日自然に歩いているだけで運動が出来るよう配慮されていると言う。

「体型隠しの為だったんだ……」

 何だかそう考えると一番納得できるような気がした。

 男性の下腹が大きく膨れ上がる「リンゴ体型」は脂肪が身体に溜まったからだけでは無く、体内脂肪が増え内臓が身体の上部に留まりつづける事が出来なくなった為に発生する。内臓脂肪型肥満は見た目が悪いだけではなく動脈硬化を起こし、心筋梗塞や脳卒中などを起こす可能性が高くなり、非常に危険な状態なのである。運動を嫌う金正日総書記の為に日常生活の中で自然に運動出来るよう、階段などをあちこちに作り、成人病対策を行って居ると言う話も聞いた事がある。至れり尽くせり。しかし糖尿病は一度発病すると治らないそうだから、もはや全ては手遅れなのであるのかもしれない。

 この夏、金正日総書記は半そでの人民服姿で過ごすのだろうか。とりあえず体型に対するコンプレックスの無くなった私としてはウエストとバストラインをより強調した、露出の多いワンピースを着て街中を闊歩し、生きている幸せを謳歌したいと思う。